2025.11.25
落ち込むことって、誰にでもありますよね。わたしもこれまで何度となく落ち込みを経験してきました。しかも、ちょっとしたことでもすぐに落ち込んでしまうタイプでした。人間関係でのすれ違い、仕事での失敗、期待していた結果が出なかったとき……そのたびに「やっぱり自分はダメなんだ」と思ってしまうのです。
振り返ってみると、わたしが落ち込む一番の理由は「期待通りにならなかったから」でした。
例えば、仕事で「今日こそは完璧にやろう」と思っていたのに、ミスをしてしまったとき。自分の中で立てた期待が裏切られたように感じて、どっと気持ちが沈んでしまう。
また、人から「期待しているよ」と言われると、その言葉に応えなければならないと肩に力が入り、うまくできなかったときにひどく落ち込む。こうして“期待”が自分の心を苦しめるもとになっていました。
頭ではわかっているんです。人はみんな違うし、状況だってそれぞれ違う。だから物事が思ったように進まないのは当たり前のこと。
なのに、わたしは「期待通りにならない=自分が劣っている」と結びつけてしまい、必要以上に落ち込んでいました。
これは、自分自身に対する評価の仕方に問題があったのだと思います。わたしはいつも「誰かの物差し」で自分を測っていました。
「あの人はちゃんとできているのに、自分はできていない」
「世間ではこれが普通なのに、自分は普通じゃない」
そんなふうに比べては、「自分はダメだ」という烙印を押していました。
あるとき、ふと考えました。
「わたしは誰の物差しで自分を測っているんだろう?」
よくよく振り返ると、その物差しは自分で作ったものではありませんでした。親や先生、上司や社会の価値観――「こうあるべき」という他人の基準をそのまま取り込んでいただけだったのです。
子どもの頃から「人に迷惑をかけてはいけない」「人より劣ってはいけない」「頑張らなければ価値がない」といった言葉を浴びると、それが自分の中で物差しとして固定されてしまいます。
わたし自身もそうでした。その結果、物事が期待通りにいかないと「物差しで測って不合格」という扱いを自分に下してしまう。だから、どんどん落ち込みが深くなっていったのです。
そんな自分を変えるきっかけになったのが、自立訓練を利用していたときの体験です。双極性障害と診断され、働くことを続けられなくなって退職。これまでの生き方が限界にきて、もうどうしたらいいのかわからない状態で自立訓練を利用するようになりました。
訓練の中では、自分の考え方や感じ方を振り返る機会がたくさんありました。あるとき、支援員さんにこう言われたことがあります。
「その“できなかった自分はダメだ”っていう基準は、いったい誰が作ったんだろうね?」
その問いかけは、わたしにとって衝撃でした。今まで疑いもしなかった物差しを、初めて客観的に見ることができたからです。
たしかに、その基準は自分が納得して選んだものではありませんでした。気がつけば、親や学校、社会の中で「これは正しい」と教え込まれたルールを、自分の判断基準にしていただけだったのです。
それからは、落ち込んだときに「どの物差しで自分を測っているのか?」を意識して考えるようにしました。
たとえば、仕事で失敗して落ち込んだとき。「みんなはちゃんとできているのに、自分だけダメだ」という気持ちが出てきたら、心の中で問いかけます。
「その“みんな”って誰? 本当に全員が完璧にできているの?」
すると、案外そうではないと気づきます。誰にだってミスはあるし、それを責め立てる人ばかりでもない。つまり、自分が勝手に「厳しい物差し」を当てはめていただけだったのです。
では、わたしに必要な物差しはなんなのか。答えはシンプルでした。
「自分の心が心地いいと感じるかどうか」
それだけで十分でした。
誰かの期待に沿えたかどうかではなく、自分がその行動をして心地よかったか。少なくとも「まあ悪くないな」と思えたか。その感覚を大事にすることで、落ち込む頻度は少しずつ減っていきました。
もちろん、落ち込むこと自体はなくなりません。今でも期待通りにいかないと気持ちは沈みます。でも、「これは自分以外の物差しで測っているからだな」と気づけるようになっただけで、落ち込みに引きずられる時間が短くなったのです。
落ち込むのは悪いことではありません。落ち込みは、むしろ「自分がどんな物差しで生きているか」に気づけるサインです。
わたしは、落ち込むたびに「また他人の物差しを持ち出してしまったな」と気づき、そこから自分の物差しに戻る練習をしてきました。そうすることで、気持ちは少し軽くなり、また前に進むことができました。
落ち込みをゼロにする必要なんてありません。大事なのは、落ち込んだときに「自分の物差し」に戻れるかどうか。わたしにとって、それが落ち込んだときのいちばんの対処法です。
そして今では、落ち込みを経験するたびに「これは自分の物差しを見直すチャンスだ」と思えるようになりました。落ち込んでしまう自分も含めて、そのままの自分を受け入れられるようになってきたのです。