2026.2.17
わたしは、気づくと肩に力が入っています。
肩って、別に働き者の臓器でもないのに、なぜか真っ先に残業します。
肩に力が入っていると、集中している感じが出るし、
「ちゃんとしてる感」も出ます。だから厄介です。
でも実際は、肩に力が入っているときほど、
呼吸は浅くなり、視野は狭くなり、判断は硬くなります。
結果、疲れやすくなって、パフォーマンスも落ちる。
いいことが少ない。
では、わたしの肩の力はどこから来ているのか。
掘っていくと、だいたい二つの思い込みに行き着きます。
・「失敗してはいけない」
・「自分にはできる(できなければならない)」
一見、真面目で前向きな言葉に見えます。
でも、わたしの場合はこれが
“自分を追い詰める道具”になっていました。
「失敗してはいけない」と思っているとき、
わたしが怖がっているのは失敗そのものではありません。
失敗の先にあるもの、
つまり「否定」や「関係の崩れ」を恐れています。
・評価が下がる
・信頼が落ちる
・怒られる
・迷惑をかける
・できない人だと思われる
こうなると、失敗は単なる出来事ではなく、
「わたしの価値が落ちる証拠」みたいな扱いになります。
だから、何をするにも“審査”を受けている感覚が抜けない。
肩は上がりっぱなしです。
さらに厄介なのは、
失敗を避けるために準備や確認を増やすほど、
肩の力が抜けなくなることです。
完璧を目指すほど、
「まだ足りない」「まだ危ない」が増える。
安心は遠のきます。

もう一つの思い込みが、「自分にはできる」です。
これも一見ポジティブですが、
わたしの場合は「できる」より
「できなきゃいけない」でした。
・やればできる
・今までも何とかなった
・ここで崩れたら終わり
・できない自分は認めたくない
この思い込みが強いほど、
助けを求めることが難しくなります。
頼ることが“負け”みたいに感じてしまうからです。
そして、限界まで我慢して、
ある日突然燃え尽きる。
燃え尽きると、
「ほらやっぱりダメだ」と自分を責める。
この往復運動が、肩をこわばらせ続けます。
この二つの思い込みは、
突然わたしの中に生まれたわけではありません。
むしろ、わたしが生きるために身につけた
“戦略”だったと思っています。
4-1.否定されないために頑張る癖
失敗すると否定される。
役に立たないと見捨てられる。
そんな空気の中で過ごしていると、
「失敗してはいけない」は当然の結論になります。
これは性格の問題ではなく、
環境の中で身についた防衛反応です。
否定されないように、
間違えないように、
先回りして完璧に近づける。
そうすれば安全だと思っていた。
だから肩に力が入る。
4-2.安心を得るために“できる自分”でい続ける癖
もう一つは、
できる自分でいれば安全、
できない自分は危険、という感覚です。
「できる」ことが、
わたしの価値の証明になってしまう。
すると、できない自分を出せない。
出した瞬間に壊れそうだから。
その結果、
「自分にはできる」は、
希望ではなく“契約書”になります。
破ったら終わり、みたいな。
否定されないために失敗を避け、
安心のためにできる自分を演じる。
その結果、肩は上がりっぱなし。
わたしの体が一番知っていました。
肩の力を抜くって、
「リラックスしよう!」と唱えてできるものではありません。
肩の力が入る前提(思い込み)を変えないと、
抜けない。抜いてもすぐ戻る。
わたしが意識するようになった前提の変更は、
次の三つです。
・失敗は「終わり」ではなく「調整材料」
・できる/できないではなく「条件を整える」
・安心は「一人で抱える」ではなく「共有して増やす」
ここが変わり始めると、
肩が下がる速度が上がります。
6-1.目標を「失敗しない」から「早く発見する」に変える
完璧主義の目標は、肩を上げます。
だから目標を変えます。
・途中で確認する
・早めに小さく見せる
・迷った時点で相談する
「失敗しない」より
「早く気づく」のほうが現実的で、肩に優しい。
6-2.「自分にはできる」を“条件つき”にする
無条件で「できる」と思うほど、無茶が始まります。
・わたしは「この条件なら」できる
・わたしは「この手順なら」できる
・わたしは「助けがあれば」できる
条件が見えると、肩が下がります。
無理の正体が見えるからです。
6-3.肩が上がったら、まず身体から戻す
・息を吐く(吸うより先に吐く)
・目線を少し遠くへ
・肩を一回わざと上げて、ストンと落とす
「抜こう」とするより、
「入ってる」を認めて落とす。
これが現実的です。
6-4.頭の中の“脅し言葉”を“作業言葉”に変える
「失敗するな」
「もっと早く」
「ちゃんとしろ」
これは応援じゃなく脅しです。
・「一個ずつ」
・「いま優先するのはこれ」
・「危なくなる前に共有」
言葉の圧が下がると、肩も下がります。
肩の力を抜くのは、
サボることでも、甘やかすことでもありません。
わたしにとっては、
続けられる形に整えることでした。
失敗してはいけない。
自分にはできる。
その裏には、
「否定されたくない」
「安心したい」
という切実な願いがありました。
だから、いきなり捨てられないのも当然です。
わたしを守ってきた仕組みだから。
でも、守り方が強すぎると、
わたし自身が壊れてしまう。
失敗は調整材料。
できるは条件つき。
安心は共有で増やす。
この前提が体に入ってくると、
肩は勝手に下がってきます。
そして不思議なことに、
肩が下がると、やれることが増える。
視野が戻るからです。
次に肩が上がっていることに気づいたら、
こうつぶやいてみてください。
「わたし、いま否定回避モードだな」
「わたし、いま“できる契約”を発動してるな」
気づけた時点で、
肩の力を抜く準備はもう始まっています。
そして最後に一番大切なこと。
失敗は存在の否定ではありません。
人間はそもそも失敗する動物です。
失敗しても、
誰かに助けを求める。
それが自己肯定につながり、
生きることの豊かさにつながる。
わたしはそう信じています。