ひきこもり・職場復帰のための就労支援&自立訓練|ミライワーク広島・川崎

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お知らせ

【体験記69】双極性障害で「調子がいい」が怖い|好調と躁状態の境目をどう見分ける?

2026.9.8

朝起きて、

 

「あ、今日は調子がいいな」

 

と思う日があります。

 

体が軽い。

頭もよく動く。

仕事に行くのもそんなに嫌じゃない。

 

普段なら後回しにするようなことも、「今日ならできそう」と思える。

 

本来なら、ただ喜べばいいんだと思います。

 

「今日は元気だ。よかった」

 

それで終わればいい。

 

でも、双極性障害になってから、わたしはそれが少しできなくなりました。

 

調子がいいと、

 

「……これ、本当に調子がいいだけかな?」

 

と、もう一人のわたしが横から出てきます。

 

 

1.元気になると、少し怖い

 

うつ状態のときは、分かりやすいです。

 

体が重い。

何をするにも面倒。

仕事に行きたくない。

人と話すのもしんどい。

 

「ああ、今は調子が悪いんだな」

 

と、それなりに分かります。

 

もちろん、渦中にいると気づきにくいこともありますが、少なくとも「つらい」という感覚があります。

 

ところが、調子が上がると話が少しややこしい。

 

楽しいんです。

 

頭がよく回る。

やりたいことが浮かぶ。

仕事も進む。

 

 

「よし、今日はこれもやろう」

「ついでにあれもやっとこう」

 

そんな感じで、どんどん動ける。

 

だから、本人としては何も困っていません。

 

むしろ、

 

「やっと本来の自分に戻った」

 

くらいに思うこともあります。

 

でも、双極性障害の場合、その「元気」が単なる好調なのか、それとも少し上がり始めているのか、自分では判断しにくいことがあります。

 

それを知っているから、素直に喜べない。

 

面倒な話です。

 

落ちているときは「早く元気になりたい」と思っているのに、元気になったらなったで「元気すぎないか?」と心配する。

 

じゃあ、どうなったら満足なんだ、という話です。

 

 

2.「調子がいい」と「調子が上がっている」の境目が分からない

 

これが一番難しいです。

 

朝から気分がいい。

 

これは普通なのか。

 

仕事がものすごく進む。

 

今日は集中できているだけなのか。

 

いろんなアイデアが浮かぶ。

 

ただ楽しいだけなのか。

 

一つ一つなら、どれも普通のことです。

 

誰だって調子のいい日はあります。

 

だから、

 

「楽しいから躁だ」

「仕事が進んだから躁だ」

 

なんて判断はできません。

 

わたしも、そんなふうに自分を監視したくはありません。

 

でも、以前の自分と比べて、

 

「ちょっと違うな」

 

という感じが出ることがあります。

 

いつもより話したい。

 

いつもなら迷うことを、すぐ決めたくなる。

 

次々予定を入れたくなる。

 

眠る時間になっても、「まだ何かしたい」と思う。

 

 

そういう小さなものが重なったとき、

 

「これは少し気をつけたほうがいいかも」

 

と思います。

 

ただ、毎回はっきり分かるわけではありません。

 

今でも分からないことはあります。

 

たぶん、これからも完璧には分からないと思います。

 

 

3.昔は「できるなら、やる」だった

 

以前のわたしは、調子がいいときにできるだけ多くのことをやろうとしていました。

 

せっかく動けるんだから、動いたほうがいい。

 

できるときにやっておこう。

 

そんな感覚です。

 

仕事でも同じでした。

 

調子がよければ、どんどん仕事をする。

 

まだできるなら、もう少し。

 

疲れていないなら、休憩はいらない。

 

これはこれで、気持ちがいいんです。

 

仕事が進むと達成感がありますから。

 

でも、その日のわたしだけを見ると問題がなくても、あとから大きく疲れることがあります。

 

翌朝になって、

 

「昨日の元気、どこ行った?」

 

みたいになる。

 

そこでようやく、

 

「ああ、昨日ちょっとやりすぎたか」

 

と気づく。

 

何度かそういう経験をして、今は「できるかどうか」だけでは決めなくなりました。

 

できる。

 

でも、やらない。

 

この選択肢を持つようになりました。

 

これは意外と難しかったです。

 

 

4.最近は「止まれるか」を見ている

 

今、わたしが調子のよさを見るとき、一つ目安にしていることがあります。

 

それは、

 

「止まれるか」

 

です。

 

仕事が進んでいても、休憩時間になったら休めるか。

 

もっとやりたいと思っても、仕事が終わったら帰れるか。

 

夜になったら、「続きは明日でいいか」と思えるか。

 

これができていると、わりと安心します。

 

逆に、

 

「あとちょっと」

「もう一つだけ」

「今やったほうが絶対いい」

 

が増えてくると、

 

「おや?」

 

と思う。

 

もちろん、「あとちょっと」と思ったから何か問題があるわけではありません。

 

わたしだって普通にあります。

 

ただ、それが続いているかどうか。

 

いつもの自分と比べてどうか。

 

そのくらいの見方です。

 

以前は「どれだけ動けるか」で調子を見ていました。

 

今は、「動けるし、止まれるか」で見るようになりました。

 

 

5.調子がいい日にブレーキを踏むのは、ちょっともったいない

 

ただ、これも簡単ではありません。

 

調子がいい日に、

 

「今日は早めに休もう」

 

と思うと、ちょっともったいないんです。

 

せっかく元気なのに。

 

せっかく仕事が進むのに。

 

せっかく楽しいのに。

 

もっとやればいいじゃん、という気持ちがあります。

 

だから、ブレーキを踏むことがいつも気持ちいいわけではありません。

 

むしろ、

 

「あー、まだやりたいのにな」

 

と思いながら終えることもあります。

 

でも、最近はその「まだやりたい」くらいで終わるのが、ちょうどいいのかもしれないと思っています。

 

全部使い切らない。

 

今日の元気を、今日だけのものにしない。

 

明日のわたしにも少し残す。

 

そんな感じです。

 

 

6.病気を気にしすぎて、楽しいことまで疑いたくはない

 

双極性障害になってから、一時期は自分の気分が上がるたびに心配していました。

 

楽しい。

 

「これは大丈夫?」

 

やる気がある。

 

「上がってない?」

 

人とたくさん話したい。

 

「これって……」

 

こんなことを毎回やっていると、疲れます。

 

せっかく楽しいのに、その楽しさを分析し始める。

 

なんというか、野暮です。

 

だから最近は、調子がいいときはちゃんと喜ぶようにしています。

 

「今日は調子いいな」

 

 

まず、それでいい。

 

そのうえで、ときどき横を見る。

 

ちゃんと寝ているかな。

 

予定が急に増えていないかな。

 

止まれているかな。

 

それくらいです。

 

ずっと自分を監視するのではなく、ときどき確認する。

 

わたしには、そのくらいが合っています。

 

 

7.素直に喜べない自分も、まあ仕方ない

 

正直なところ、双極性障害になる前のように、

 

「今日は絶好調!」

 

と何も考えずに喜ぶことは、もうできないのかもしれません。

 

ちょっと寂しい気もします。

 

でも、それだけ自分のことを知ったということでもあります。

 

以前は、アクセルを踏めることしか見ていませんでした。

 

今はブレーキのことも見る。

 

元気かどうかだけではなく、その元気が続きそうかを見る。

 

そのおかげで、以前より長く仕事を続けられている部分もあると思います。

 

調子がいい。

 

うれしい。

 

でも、ちょっとだけ様子も見ておこう。

 

そんな二つの気持ちが同時にあります。

 

どちらか一つにする必要はないのだと思います。

 

素直に喜べない自分を見て、

 

「病気を気にしすぎかな」

 

と思う日もあります。

 

でも、それもまあ仕方ない。

 

長く付き合ってきたからこその癖みたいなものです。

 

最近は、

 

「今日は調子がいいな。よかった」

 

と思ったあとに、

 

「じゃあ、調子がいいまま一日を終われたらもっといいな」

 

と考えます。

 

たくさんできた一日より、気持ちよく終われた一日。

 

今のわたしにとっては、そのほうが「本当に調子がいい日」なのかもしれません。