
2026.10.13
わたしは一度、かなり大きく壊れたことがあります。
仕事を辞めて、そのあと長く家にこもり、自立訓練などを利用しながら、生活そのものを0から作り直しました。
あのときについては、今では「病気になってよかった」と思っています。
もちろん、苦しかったです。
もう一度やりたいかと聞かれたら、絶対に嫌です。
でも、あそこで一度全部が壊れなかったら、わたしはそれまでと同じ生き方を続けていたと思います。
疲れていても頑張る。
人に頼らない。
できるなら、もっとやる。
自分の限界よりも、「これくらいはやるべき」を優先する。
そういう生き方を一度やめて、生活も働き方も人との付き合い方も、かなり作り直しました。
だから、再び働き始めたころのわたしには、
「今度は大丈夫」
という気持ちが、どこかにあったんだと思います。
ところが、その後の人生でも、双極性障害のうつ状態になり、わたしはまた仕事を辞めました。
そのときは、最初のときとは少し違うしんどさがありました。
「またか」
という感じです。
最初に仕事を辞めたときは、自分の生き方そのものが分からなくなっていました。
でも、その後、何年もかけて自分のことを知ったつもりでした。
頑張りすぎる癖も分かった。
体調を見ることも覚えた。
相談することも、以前よりはできるようになった。
病気との付き合い方だって、何も知らなかったころとは違う。
それなのに、またうつ状態になって、仕事を辞めることになった。
正直、
「じゃあ、あれだけ時間をかけて作り直したのは何だったんだろう」
という気持ちが少しありました。
一回目とは違って、何も知らなかったわけではありません。
むしろ知っていた。
それでも崩れた。
これは、なかなか悔しかったです。
そして、もう一度働けるようになろうとしたとき、わたしは自然と、
「うつ状態になる前の自分に戻ろう」
としていました。
ここが一回目との大きな違いでした。
最初に病気になったころの自分については、あとから振り返ると、
「この生き方は、かなり無理があったな」
と思えます。
だから、そこに戻りたいとは今は思いません。
一度壊れて、0から作り直したことには意味があった。
むしろ、あの経験があったから今のわたしがいると思っています。
でも、二回目に仕事を辞める前のわたしは、そんなに悪い生き方をしていたわけではありませんでした。
以前より自分を大切にしていた。
病気のことも理解していた。
仕事だって、昔のように何も考えず全力でやっていたわけではない。
それでも、うつ状態になった。
だから、
「今度こそ、あのころの自分に戻ればいい」
と思いやすかったんです。
病気になる前の昔の自分ではなく、一度人生を作り直したあとの、比較的うまくやれていた自分です。
あの状態まで戻れば、また大丈夫になる。
最初はそう考えていました。
再び動き始めてみると、以前と同じようにはいかないことがありました。
体力が違う。
疲れ方も違う。
仕事に対する感じ方も、少し変わっている。
以前なら平気だったことが重かったり、逆に昔より気にならなくなったこともあったりする。
それなのに、
「前はできていた」
を基準にすると、どうしても今の自分が足りなく見えます。
以前なら、このくらい働けた。
以前なら、これくらい疲れなかった。
以前なら、もう少しできた。
一つできるようになっても、
「でも前はもっとできた」
が横から出てくる。
また昔の自分です。
わたしの人生には、どうも過去のわたしがよく登場します。
しかも、だいたい現在のわたしより元気です。
ちょっとずるい。
あるとき、
「そもそも、戻らなくていいんじゃないか」
と思いました。
一回目の大きな挫折では、0から生活を作り直しました。
だったら今回も、規模は違っても、今の自分に合わせて少し作り直せばいい。
以前の生活が間違っていたからではありません。
以前の働き方が悪かったという話でもない。
ただ、今のわたしとは条件が違う。
そのくらいのことです。
人は同じ状態のままずっと生きているわけではありません。
年齢も変わる。
体力も変わる。
考え方も変わる。
病気の状態だって変わります。
なのに、「以前うまくいっていた形」をずっと正解にすると、そこから変わるたびに、
「元に戻さなきゃ」
となります。
それは、けっこう大変です。
最初に病気になったあと、わたしは人生を0から作り直した感覚があります。
そして、それはかなり大きな経験でした。
自分の生き方も変わったし、考え方も変わった。
「病気になってよかった」と思えるくらいです。
だから、どこかで、
「これで自分なりの生き方が分かった」
と思っていたのかもしれません。
でも、二回目に仕事を辞めたことで、
「ああ、一回作ったら完成、ではないんだな」
と思いました。
ちょっとがっかりです。
せっかくあれだけ苦労して作ったのに。
できれば完成していてほしかった。
でも人生って、たぶんそういうものではないんでしょうね。
一度自分に合う形を見つけても、何年かたてば自分のほうが変わる。
そうしたら、また少し直す。
そしてまた変わる。
その繰り返しなのかもしれません。
今のわたしは、
「以前と同じくらいできるようになる」
ことをあまり目標にしていません。
もちろん、できることが増えればうれしいです。
体力がつけばうれしいし、仕事でできることが増えるのも楽しい。
ただ、
「前はここまでできたから、ここまで戻らなければ」
とは考えないようにしています。
今のわたしなら、どのくらい働くのがちょうどいいか。
仕事をしたあと、生活する力がどのくらい残っていれば楽なのか。
どんな働き方なら、来月も半年後も続けられそうか。
そっちを見る。
以前の自分は参考にはなります。
でも、答えではありません。
とはいえ、こんなふうに書いていても、
「昔はもっとできたのにな」
と思うことは普通にあります。
そこまで悟ってはいません。
体力が落ちたと感じると、悔しい。
前なら簡単だったことに疲れると、
「面倒になったなあ」
と思います。
そういうとき、
「過去と比べてはいけない」
とまで自分に言うつもりはありません。
比べます。
人間なので。
ただ、比べたあとに、
「じゃあ今はどうする?」
へ戻ってくる。
以前の自分に勝つ必要もない。
追いつかなくてもいい。
今の自分が生活しやすいところを探す。
最近は、それで十分だと思うようになりました。
最初に病気になったとき、わたしは一度完全に壊れて、0から作り直しました。
あの経験については、今でも病気になってよかったと思っています。
でも、その経験をしたからといって、その後ずっとうまくいくわけではありませんでした。
またうつ状態になった。
また仕事を辞めた。
そこは、あまりきれいな話ではありません。
「一度病気を乗り越えて、新しい人生を手に入れました」
で終わってくれたら分かりやすかったんですが。
残念ながら、その後も人生は続きます。
でも二度目に仕事を辞めたことで、一つ分かったことがあります。
人生は、元に戻すものではないのかもしれない。
そのときの自分に合わせて、何度でも形を変えていい。
一度うまくいった生き方も、合わなくなれば少し直す。
それは失敗ではない。
たぶん。
……まだ、ときどきそう思えない日もあります。
それでも今は、
「以前のわたしに戻ろう」
ではなく、
「今のわたしなら、どうしたら暮らしやすいだろう」
と考えるほうが好きです。
以前の自分は、もうそこにはいません。
でも、今のわたしには、一度0から作り直した経験があります。
なら、今回も必要なところだけ、また作り直せばいい。
前ほど大がかりじゃなくても。
少しずつ。
今はそんなふうに、自分の生活を見ています。