2025.7.1
「ポジティブ思考」って、よく聞きますよね。
でも、わたしは以前、その意味を少し勘違いしていました。
どんなに辛い出来事も、「良い出来事」として捉えようとする。
そんなふうに思っていたんです。
たとえば、「どうしても入りたかった会社に落ちた」という出来事があったとします。
「一番行きたい会社に落ちて悲しい」と思うのがネガティブ思考で、
「落ちたからこそ、もっと良い会社に行けるチャンス!」というのがポジティブ思考──
そういう解釈が正しいと思っていました。
でも、悲しいものは悲しいんですよね。
どうしても行きたかったんですから。
それなのに、その「悲しい」という気持ちを「間違っている感情」として、
無理やりポジティブな感情で上書きするのは、どうにも不自然な感じがしていました。
わたしが「ポジティブ思考は危ない」と感じるのは、この“上書き”の部分です。
まるで、自分の心をゆがめているような感覚。
無理してポジティブに捉えようとすればするほど、そのゆがみは大きくなっていきました。
そしていつの間にか、自然に湧いていたはずの感情を、自分で感じ取れなくなっていったんです。
わたしは、「良い出来事」として捉えることがポジティブ思考だと信じて、ずっと感情を上書きしてきました。
でもその結果、自分の心がまったくわからなくなって、ついには病気になって倒れてしまいました。
いまのわたしが考える「ポジティブ思考」は、2段階あります。
「わたしは悲しかった」「悔しかった」「寂しかった」──
まずはその感情を否定せずに、ちゃんと感じること。
これはポジティブ思考に限らず、自分らしく生きるためにとても大切なことだと思っています。
出来事はそのまま、いったん“引き出し”にしまっておきます。
無理に意味を探さなくていい。ポジティブな解釈は、あとからでいい。
「悲しい」と感じたなら、それは今の自分の心がそう感じているということ。
それだけで、ちゃんと意味があるんです。
人の心は、時間とともに形や色を変えていきます。
だから、昔は悲しいとしか思えなかった出来事も、
時が経つと「いい思い出だったな」と思えたり、「あの経験があったから今がある」と感じることもあります。
だからこそ、いまはただ、「悲しかった出来事」として大切にしまっておけばいいんです。
ちゃんと感情を味わってから。
未来の自分が、必要なときに取り出して、活かせるように。
わたしが思うポジティブ思考とは、こんなふうなものです。
どんなに自律している人でも、悲しいことは悲しい。
だから、ちゃんと悲しんでいい。
無理して前を向こうとせず、無理に意味を見つけず、まずは自分の心を抱きしめてあげること。
ポジティブな解釈をしてもいいし、しなくてもいい。
大事なのは、「自分らしく、楽しく生きるために、自分の心とちゃんとつながっていること」だと思うんです。