ひきこもり・職場復帰のための就労支援&自立訓練|ミライワーク広島・川崎

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お知らせ

【体験記41】いい人をやめたい人へ:嫌われるのが怖かった私が自分を大切にできるようになるまで

2026.2.24

1.「いい人だね」と言われると

「いい人だね」
そう言われると、うれしい。
少し安心する。
胸のあたりがふっとゆるむ。

でも同時に、どこかで疲れることもありませんか。

わたしは長い間、“いい人”であろうとして生きてきました。
理由はシンプルで、嫌われるのが怖かったからです。

嫌われたら終わり。
見捨てられる。
距離を置かれる。
陰で何か言われる。

その想像だけで心が冷たくなって、
先に自分が折れてしまう。

だから「嫌われない振る舞い」を選ぶ。
相手が喜びそうな言葉を言う。
空気を読む。
場を壊さない。
頼まれたら断らない。
怒らない。
期待に応える。

そうして“いい人”を続けていると、
周りから見れば穏やかで協調的で、扱いやすい人になります。

でも、わたしの中では少しずつ何かが削れていきました。
それはたぶん、
「わたしは何がしたい?」
という感覚です。

“いい人”に徹すると、
自分の感覚が後回しになり続けます。

そのうち、わたしは
自分の気持ちがよく分からなくなっていきました。

2.いい人の基準は、自分ではなく他者の価値観だった

ここで気づいたことがあります。
わたしが目指していた“いい人”って、
わたしが決めた基準じゃないんです。

・相手が不機嫌にならない
・期待を裏切らない
・手間をかけさせない
・役に立つ
・迷惑をかけない
・場の空気を乱さない

こういう基準は、一見まともで、
社会では褒められやすい。

でもよく見ると、
主語が全部「相手」なんですよね。

「相手にとって都合のいい人」
それが、わたしが無意識に目指していた“いい人”でした。

わたしは「いい人になりたい」と思っていたけれど、
実際には、
嫌われないために、
相手の価値観に自分を合わせていただけだった。

ここを認めるのは、少し痛かったです。
わたしは善意でやっていたつもりだったから。

でも、善意というより、
恐怖の回避だったんだと思います。

3.いい人でいることは、自分を殺すことだった

“いい人”でいるために、
わたしはよく自分を黙らせました。

「本当は嫌だけど、断ったら悪いかな」
「本当は違うと思うけど、空気が荒れるから黙っておこう」
「疲れてるけど、期待されてるから笑っておこう」
「納得してないけど、波風立てないほうがいい」

こういう小さな自己否定を、
毎日何度も積み重ねる。

それを何年も続ける。

するとどうなるか。

わたしが、わたしの味方でいられなくなるんです。

自分が出す小さなSOSに、
自分が「うるさい」って言って黙らせる。

自分の違和感に、
自分が「気のせい」って言い聞かせる。

自分の疲れに、
自分が「まだいける」って無理をさせる。

これ、静かに自分を殺していく行為だったなと思います。

4.限界が来て倒れて、「いい人」をやめた

自分らしく生きたい。
ここちよく生きたい。

そう願っているのに、
日々やっていることはその逆でした。

“いい人”であろうとするほど、
自分らしさから遠ざかっていく。

わたしはあるとき、限界が来て倒れました