ひきこもり・職場復帰のための就労支援&自立訓練|ミライワーク広島・川崎

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【体験記46】人の目を気にし過ぎない方法|他人の評価より自分の正解を大切にする考え方

2026.3.31

1.人の目が気になっていた頃

人の目が気になってしまうっていうこと、ありませんか。

わたしはあります。

というか、昔は常に気になってました。

気にしすぎて、自分のことがだいぶ疎かになっていたと思います。

人の目が気になっているときって、だいたい心の中でこうなってます。

「わたし、間違ったことをしてないかな?」

この不安に、ぐいっと飲み込まれてる。

で、この「間違ったこと」って何かというと、多くの場合、他者の正解から外れたことなんですよね。

誰かが持っている“正しい”からズレたらダメ。

ズレたら嫌われる。

ズレたら見捨てられる。

そんな感覚。

2.外側にある「正解」を探していた

わたしは自分に自信がなくて、いつも自分の外側にある正解を探していました。

「あの人はどうしてる?」

「普通はどうする?」

「こうするのが正解だよね?」

その正解をなぞることでしか、他者から認めてもらえないと信じていたんです。

でも、あるとき気づきました。

それって結局、他人が書いた脚本を演じているってことなんですよね。

自分の脚本じゃない。

自分が本当に言いたいセリフでもない。

なのに、ちゃんと演じきれたら「いい子」って言われる。

それ、うまくやればやるほど、自分の人生を生きてない感が増えていきます。

自分の心が置き去りになる。

「わたしはどうしたい?」が分からなくなる。

人の目を気にしすぎるって、そういう方向に進みやすい。

3.「気にしない」は意外と難しい

このことに気づいてから、「他人の目を気にしないようにしよう」と思いました。

……思ったんですけどね。

気になるものは、気になります。

そう簡単に切り替えられたら、苦労しない。

じゃあ、どうしてるか。

わたしがやってるのは、けっこう単純です。

4.好きなことをしている自分を想像する

人の目が気になり始めたら、わたしは頭の中で、好きなことをしている自分を想像します。

ここで言う「好きなこと」って、派手な趣味とか、すごい成果が出ることじゃなくていい。

安心できて、ここちよさを感じて、体が少しゆるむようなこと。

呼吸が深くなるようなこと。

そういうやつです。

わたしの場合、それはアクセサリーを作ることです。

頭の中で完成した形をイメージして、ちょっとわくわくしながら手先を動かす。

段々と形になっていく。

完成したものを見つめながら、一人でにやにやする。

あの時間が、わたしはたまらなく好きです。

人の目が気になったとき、わたしはその“にやにやしてる自分”を思い出します。

想像でもいい。

思い出でもいい。

とにかく「わたしがここちよくなってる場面」を、頭の中に呼び戻す。

そうすると、不思議なんですけど、こう思い出せるんですよね。

「大切にしたいのは、好きなことをしているわたしであって、他者の評価じゃない」

これを思い出せるだけで、ぐっと楽になります。

人の目がゼロになるわけじゃない。

でも、優先順位が戻る。

つまりこれは、「正解は自分の中にある」ということを思い出す作業なんだと思います。

外側に正解があると思うほど、人の目は鋭くなる。

内側に正解があると思えるほど、人の目は“ただの目”になっていく。

5.「気にしないようにする」のが怖い理由

とはいえ、気になってしまった人の目を、敢えて気にしないようにするのって怖いです。

だって、それは今までの生存戦略を変えることだから。

「相手の正解に合わせておけば安全」

「ズレたら危険」

この感覚が体に染みついていると、正解を手放すのは怖い。

でも、わたしはこうも思います。

気になった人の正解に従って生きてしまって、自分の人生を捨ててしまうことの方がもっと怖い。

他人の脚本を演じ続けて、いつの間にか自分が何を好きだったのかも分からなくなる。

「嫌われない」代わりに、「自分を失う」。

それは、わたしにはかなりきつい取引です。

6.主人公を自分に戻す

だから、わたしは頑張って、好きなことをしている自分を想像します。

人の目が気になった瞬間に、すぐ完璧に切り替えられなくてもいい。

何回でも思い出せばいい。

「わたしが守りたいのは、誰かの評価じゃなくて、わたしのここちよさだよ」

そうやって、主人公をわたしに戻す。

人の目を気にしすぎない方法って、たぶん「無敵になる」ことじゃなくて、戻ってくる場所を自分の中に作ることなんだと思います。

今日もまた人の目が気になったら、わたしはにやにやしてる自分を思い出します。

それが、わたしにとっての小さな訓練で、いちばん現実的な方法です。