ひきこもり・職場復帰のための就労支援&自立訓練|ミライワーク広島・川崎

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【体験記76】予定が崩れるとイライラ・落ち込む人へ|予定通りにいかない日の考え方

2026.10.27

わたしは、予定どおりに物事が進むのが好きです。
朝に「今日はこれをやろう」と決めて、そのとおりに一つずつ終わっていくと気持ちがいい。
午前中にここまで終わった。予定どおり。
午後も順調。予定どおり。
こういう日は、少しだけ自分までちゃんとしているような気がします。
逆に、一つ予定が崩れると弱い。
午前中に終わらせるつもりだった仕事が、昼になっても終わっていない。
それだけで、
「あー、今日はダメだ」
となることがあります。
いや、まだ昼です。
一日は半分くらい残っています。
それなのに、もう総評を出している。
ずいぶん気が早いです。

1.「予定どおりじゃない」が「失敗」に変わる

本当は、
「思ったより時間がかかった」
だけなんです。
仕事をしていれば、そんなことはいくらでもあります。
やってみたら想像より複雑だったり、途中で別の仕事が入ったり、体調があまりよくなかったり。
予定を立てた時点では分からなかったことが、あとから出てくる。
でも以前のわたしは、予定が崩れると、その理由より先に、
「できなかった」
と考えていました。
そして、「できなかった」が一つあると、なぜかその日のほかのことまで巻き込まれます。
午前中の仕事が終わらなかった。

だから今日は予定どおりにできていない。
だから今日は仕事ができていない。
そのうち、
「最近ちゃんとできてないな」
くらいまで話が広がる。
午前中の一件が、最近のわたし全体を代表し始めます。
責任重大です。
今考えると、予定が崩れたこと以上に、この「全部ダメにする癖」のほうが厄介でした。

 

2.予定表に、なぜか絶対的な権限を与えていた

そもそも予定なんて、自分が事前に考えた予想です。
「たぶん、このくらいで終わるだろう」
「今日はこれくらいできるだろう」
それだけのものです。
ところが、自分で書いた予定表を見ると、なぜか急に絶対的なものに見えてきます。
九時からこれ。
十一時までにこれ。
午後はこれ。
書いた瞬間、予定ではなく約束みたいになる。
しかも約束した相手も自分です。
自分で予定を作って、自分で守れなくて、自分で怒る。
登場人物が一人しかいないのに、なかなか揉めています。
病気になってからは特に、「朝の予定どおりにはいかない」ということが増えました。
昨日の夜は元気だったから、明日はこれくらいできると思った。
でも朝起きると、妙に体が重い。
頭も動かない。
そういう日があります。

以前なら、
「でも昨日やるって決めたし」
と、そのまま予定を実行しようとしていました。
今考えると、昨日のわたしに今日のわたしが従っている。
今日の体調を一番知らない人の指示に従っているわけです。
なんというか、ちょっと野暮です。

3.遅れたぶんを取り戻そうとして、さらに疲れる

予定が崩れたとき、昔のわたしはよく取り戻そうとしていました。
午前中に遅れた。
だったら午後に頑張る。
休憩を少し短くする。
作業のペースを上げる。
今日やるつもりだったものは、なんとか今日のうちに終わらせる。
そうすると、予定表だけ見れば帳尻が合います。
「ほら、ちゃんと終わった」
となる。
ただ、わたしのほうの帳尻が合っていません。
ものすごく疲れている。
帰ったあと何もしたくない。
翌朝まで疲れが残る。
予定は守ったけれど、生活全体で見るとあまり得をしていない。
こういうことを何度もやりました。
それでも当時は、「今日の予定を終わらせた」というほうを重く見ていました。
明日の疲れは、明日のわたしの担当。
ひどい引き継ぎです。

4.途中で予定を変えるのは、負けた感じがした

今は、午前中に予定が崩れたら、午後の予定を普通に変えることがあります。
「これは明日にしよう」
とか、
「今日はここまででいいか」
とか。
文字にすると、本当にそれだけです。
でも以前のわたしには、これが結構難しかった。
予定を減らすと、
「できなかったから諦めた」
ような気がしたからです。
なんとなく負けた感じがする。
誰にも勝負を挑まれていないのに。
最近は、少し考え方が変わりました。
朝の予定は、朝の時点で持っていた情報で作ったものです。
昼になれば、その日の体調も分かるし、仕事がどのくらい進んだかも分かる。
だったら、昼の自分が予定を作り直すほうが自然です。
「予定変更」ではなく、
「今分かっていることを使って、もう一回決める」
くらい。
こう書くと妙に理屈っぽいですが、実際には、
「あ、今日はこれ無理だな。明日でいいや」
くらいです。
そのくらい雑なほうが、わたしには合っています。

5.「今日やる」と決めただけなのに、「今日やらなければならない」になる

予定が崩れたとき、
「これは、本当に今日じゃないとダメなんだろうか」
と考えることがあります。

すると、意外と明日でもいいものがあります。
でも朝に予定へ入れた瞬間から、わたしの中では「今日やらなければならないこと」になっている
。
誰かから今日中にと言われたわけではない。
締め切りが今日なわけでもない。
昨日のわたしが、
「明日はこれをやろう」
と思っただけ。
なのに今日のわたしは、その命令に苦しんでいる。
昨日のわたし、そんなに偉かったっけ。
最近は、
「今日やる予定だった」
と
「今日やらないと困る」
を少し分けるようになりました。
この二つは似ていますが、わたしにとっては結構違います。
「今日やらなくても困らないな」と分かると、予定を明日に動かしやすくなる。
やらないわけではありません。
今日やらないだけです。
この「今日」が取れると、ずいぶん軽くなります。

 

6.一日を丸ごと失敗にしなくていい

予定どおりにいかなかった日の夜は、放っておくと反省会が始まります。
「あれもできなかったな」
「これも残ったな」
「もっとできたはずなのに」
そして最後に、
「今日はあまりいい一日じゃなかった」

となる。
以前はそれで終わっていました。
でも最近は、
「本当に全部ダメだったっけ」
と、少しだけ考えます。
予定していた仕事は全部終わらなかった。
でも一番急ぐものは終わった。
午後は予定を減らした。
そのおかげで、無理をせず帰れた。
これなら、
「予定どおりではなかった」
は本当です。
でも、
「失敗した一日」
とまで言う必要はない。
ここを分けるようになりました。
別に、
「予定が崩れたけど、結果的に素晴らしい一日でした」
みたいなところまで持っていかなくてもいいと思っています。
うまくいかなかった日は、普通にうまくいかなかった日です。
「あー、今日は思ったようにいかなかったな」
でいい。
ただ、そこへ勝手に、
「だから自分はダメだった」
まで足さない。
最近は、それだけでも十分かなと思います。

7.立て直さなくても、その場所から続ければいい

今回のテーマは「予定どおりにできなかった日の立て直し方」なのですが、書いているうちに、
「立て直す必要って、あるのかな」
とも思いました。
一度崩れた予定を、元の形へ戻そうとするから苦しくなるのかもしれません。
午前中に二時間遅れたなら、もう朝に想像していた一日とは違います。
そこから無理に元へ戻さなくてもいい。
二時間遅れた状態から、残りの時間を過ごせばいい。
今日できなかったものは明日に持っていく。
明日もできなければ、また考える。
もしかすると、そもそもやらなくていいことだった、なんてこともあります。
昔のわたしは、一日の終わりに予定表を見て、できたか、できなかったかを確認していました。
今も確認はします。
でも、予定表のほうが正しくて、そこから外れた自分が間違っている、とはあまり考えなくなりま
した。
予定も間違います。
というか、結構間違います。
人間が未来を予想して作っているものなので、まあ当然です。
予定どおりにいかなかった。
だったら、その時点からまた考える。
今日はここまで。
残りは明日。
たまには、
「今日はもういいや」
もある。
以前のわたしなら、それを立て直せなかった日だと思っていました。
今は、その「もういいや」まで含めて、立て直している途中なのかもしれないと思います。

……立て直すという言葉すら、少し大げさですね。
予定が崩れた。
少し変えた。
そのまま一日を続けた。
たぶん、本当はそのくらいの話なんだと思います。