ひきこもり・職場復帰のための就労支援&自立訓練|ミライワーク広島・川崎

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お知らせ

【体験記77】仕事で『分からない』と言えない|質問するのが怖いときの考え方

2026.11.3

仕事で何か説明を受けているとき、
「あれ、今のところ分からなかったな」
と思うことがあります。
そういうとき、本当ならその場で、
「すみません、そこが分かりません」
と言えばいい。
たぶん、それが一番早いです。
頭では分かっています。
でも昔のわたしは、なかなか言えませんでした。
「分からない」と言った瞬間に、
「こんなことも分からないのか」
と思われる気がしたからです。
なので、とりあえず、
「はい」
と言う。
分かっていないのに。
今考えると、なかなか思い切った返事です。

1.「分からない」は、能力の告白みたいだった

昔のわたしにとって、「分からない」と言うことは、単に情報が足りないという話ではありません
でした。
もっと大きな意味がくっついていた気がします。
分からない。
つまり、理解力がない。
仕事ができない。
相手の説明についていけていない。
そんなふうに、勝手に話を広げていました。

だから、
「ここだけもう一度教えてください」
の一言が、妙に重い。
相手からすれば、ただ聞き返されただけだったのかもしれません。
でも、わたしの中では、
「わたしの能力についてどう思いますか」
くらいの質問になっている。
そりゃ言いにくいです。
しかも、周りの人が普通に理解しているように見えると、さらに言えなくなります。
みんな黙って聞いている。
誰も質問しない。
すると、
「分かっていないの、わたしだけか」
と思う。
本当にそうだったかは分かりません。
もしかすると、ほかの人もよく分かっていなかったのかもしれない。
でも、こういうときのわたしは、自分だけが取り残されている前提で話を進めます。

2.分かったふりをすると、その場だけは助かる

「分からない」と言わずに、
「はい、分かりました」
と言うと、その場は終わります。
説明している人も次へ進む。
わたしも質問しなくて済む。
少し安心します。
問題は、そのあとです。
席に戻って、
「で、これどうするんだっけ」

となる。
さっき聞けばよかった。
でも、もう「分かりました」と言ってしまった。
今さら聞いたら、
「さっき分かったって言ったよね」
と思われそうな気がする。
なので、また聞けない。
資料を探す。
過去のデータを見る。
たぶんこうだろうと推測する。
それでも分からない。
気がつくと、最初に聞いておけば一分で済んだことに、三十分くらい使っています。
実に効率が悪い。
でも当時は、その三十分より「分からないと言う恥ずかしさ」のほうが大きかったんです。

 

 

3.聞かなかったことで、もっと恥ずかしいことになる

もちろん、推測が当たることもあります。
でも外れることもあります。
理解していないまま作業を進めて、あとで、
「ここ違いますよ」
と言われる。
すると今度は、
「実は、最初からよく分かっていませんでした」
となる。
これが一番言いにくい。
だったら最初に聞けばよかった。
本当にそうです。

自分でもそう思います。
でも、その「だったら最初に聞けばいい」ができなかったから困っているわけで。
こういう経験を何度かして、
「分からないことより、分からないまま進めるほうが怖い」
と少しずつ思うようになりました。
仕事では、分からないことがあるのは普通です。
新しい作業ならなおさらです。
でも、分からないことを隠すと、相手からは分かっているように見えます。
その状態で仕事が進む。
そして、あとからズレが出る。
わたしが守ろうとしていた「仕事ができる人に見られたい」という気持ちが、逆に仕事をやりにく
くしていました。
なかなか皮肉です。

4.訓練の中で、「分からない」を言う練習をしていたのかもしれない

仕事を離れ、その後に訓練や支援を利用する中では、人に聞く場面がたくさんありました。
自分がどうしたらいいか分からない。
今の体調をどう考えたらいいか分からない。
働くことについても、何から始めればいいのか分からない。
もう、分からないことだらけです。
それまでのわたしなら、何とか自分の中で答えを出そうとしていたと思います。
でも、そもそも答えがない。
あるいは、自分一人では見つけにくい。
そういうことを少しずつ知りました。
支援者に、
「これ、どう考えたらいいか分かりません」
と話す。
すると、別に怒られません。

当たり前ですが。
「じゃあ一緒に考えましょう」
となる。
あれ、これでいいんだ。
そんな感じでした。
今思えば、あの時期は「分からないまま人に渡す」練習をしていたのかもしれません。
きれいに整理してから相談しなくてもいい。
答えを持っていなくても話していい。
それは、わたしにとって結構大きな変化でした。

5.今でも、ちょっと分かったふりをする

とはいえ、今は何でもすぐ聞けるようになりました、というほど立派ではありません。
今でもあります。
説明を聞きながら、
「ん?」
と思ったのに、
「まあ、たぶん分かるだろう」
と流すこと。
そして席に戻って、
「やっぱり分からん」
となる。
まだやっています。
長年の癖なので。
ただ昔と違うのは、そのあと聞きに戻れるようになったことです。
「すみません。さっきの説明なんですが、ここだけもう一度いいですか」
と言う。
その瞬間は、今でも少し恥ずかしいです。
でも、言ってしまえばだいたい数分で終わります。

そして相手も、わたしが想像していたほど何も思っていないことが多い。
「はい、ここはこうです」
で終わる。
こちらは数分前まで、
「能力がないと思われるかもしれない」
と小さな人生問題にしていたのに。
向こうは普通に説明して終わりです。
だいたいそんなものです。

6.「どこまで分かっているか」を言うと、少し楽になった

以前は、「分かる」か「分からない」かの二択で考えていました。
全部分かれば「分かりました」。
一つでも分からなければ「分かりません」。
でも実際は、そんなにきれいではありません。
ここまでは分かる。
ここからが分からない。
やることは分かるけど、順番が分からない。
言葉の意味だけ分からない。
そういうことがあります。
なので今は、
「ここまでは分かったんですが、この先が分かりません」
と話すことが増えました。
これだと、わたし自身も少し言いやすい。
全部理解できていないことを告白する感じが薄くなるからかもしれません。
まあ、「告白」だと思っていたこと自体が大げさだったんですが。
それでも、自分にとって言いやすい形を見つけるのは大事でした。

 

7.分からないことより、分からないまま抱えるほうが疲れる

今の職場でも、分からないことは普通に出てきます。
それは、たぶんこれからも変わりません。
新しい仕事があれば分からない。
説明を一度で理解できないこともある。
人によって言い方が違って混乱することもある。
以前のわたしは、そういうたびに、
「分からない自分はダメだ」
と少し思っていました。
今は、
「分からないなら聞けばいいか」
と思えることが増えました。
言ってしまえば、それだけの話です。
でも、その「それだけ」のところまで来るのに、わたしはずいぶん時間がかかりました。
今でも「こんなこと聞いていいのかな」と迷うことはあります。
そのときは、
「聞かないまま三十分悩むのと、今一分聞くのと、どっちがいい?」
と考えます。
だいたい、一分聞くほうです。
たまに、それでも聞けずに悩みます。
まあ、その日もあります。
「分からない」と言えるようになったというより、
「分からない自分を、以前ほど大ごとにしなくなった」
というほうが近いのかもしれません。
分からない。
だから聞く。
それだけです。
昔のわたしは、その間に「自分は仕事ができないかもしれない」という話を挟んでいました。

最近は、その一段を少し飛ばせるようになりました。
まだ、ときどき挟みます。
でも、そのときは、
「あ、また余計な話を足してるな」
と思います。
そしてできれば、そのまま聞きに行く。
今のところ、それくらいでちょうどいいみたいです。