
2026.9.22
体調が落ちているとき、わたしは急に人生について考え始めることがあります。
今日の仕事がしんどかっただけなのに、
「この仕事、もう無理なんじゃないか」
となる。
朝起きるのがつらかっただけなのに、
「これからずっと働き続けられるんだろうか」
まで考える。
そして、そのあたりから話がどんどん大きくなっていきます。
仕事を辞めるか。
働き方を変えるか。
この先どう生きるか。
夜、布団の中で人生会議が始まるわけです。
しかも、なぜかそういうときのわたしは真剣です。
「ちゃんと考えなきゃ」
と思っている。
でも最近は、うつ状態に入っているなと感じたときほど、大きなことは決めないようにしています。
考えるな、ということではありません。
考えてもいい。
ただ、結論だけはちょっと待つ。
そんな感じです。
体調がいいときなら、
「今日はしんどかったな」
で終わることがあります。
ところが、うつ状態のときは、
「今日もしんどかった」
「明日もしんどいだろうな」
「来週もたぶんしんどい」
「この先ずっとこれかもしれない」
と、きれいにつながります。
今日の気分が、そのまま未来予想図になる。
頭の中ではかなり自然です。
だから、そのときのわたしに、
「いやいや、来週のことなんて分からないでしょ」
と言っても、あまり響きません。
本人としては、かなり現実的に考えているつもりだからです。
「今までだってしんどかったんだから、この先もしんどいに決まってる」
そんなふうに、ちゃんと根拠まで用意してくれます。
うつ状態のときのわたしは、なかなか仕事が丁寧です。
嫌な方向に。
仕事がしんどいと、
「辞めたいな」
と思うことがあります。
以前のわたしは、この「辞めたい」が出ると、すぐに白黒つけようとしていました。
辞めるのか。
辞めないのか。
続けるなら、覚悟を決めなきゃいけない。
辞めるなら、早く動かなきゃいけない。
なぜか二択になります。
でも今は、
「辞めたいと思っている」
ところで一回止めます。
辞めたいと思うこと自体は悪くありません。
むしろ、今かなり疲れているとか、何かが負担になっているとか、そういうことを教えてくれている場合があります。
だから、その気持ちはちゃんと聞く。
でも、
「辞めたい」
と
「辞める」
の間には、少し空間を置くようになりました。
この空間が、わたしには結構大事です。
うつ状態のときに仕事を辞めたくなる理由は、仕事そのものがつらいからだけではありません。
わたしの場合、自分への評価も一緒に落ちていきます。
仕事で少しミスをすると、
「今日は失敗した」
ではなく、
「わたしは仕事ができない」
になりやすい。
疲れて作業が遅いと、
「今日は調子が悪い」
ではなく、
「こんなんじゃ、この先やっていけない」
になる。
一つの出来事から、わたしという人間全体の話に広がっていきます。
今なら、
「ああ、また話が大きくなってるな」
と気づけることもあります。
でも、毎回気づけるわけではありません。
だから、気づけないことも含めて、大きな決断は少し後回しにする。
「今のわたしの評価、ちょっと厳しくなってるかもしれないし」
くらいに思っておきます。
とはいえ、決めないでおくのも落ち着きません。
問題があるなら早く解決したほうがいい。
そう思ってしまう。
「辞めるのか続けるのか、ちゃんと決めろよ」
と、自分に言いたくなることもあります。
保留という言葉には、ちょっと逃げている感じもあります。
わたしも以前はそう思っていました。
でも最近は、判断する時期を選ぶことも判断の一つだと思うようになりました。
今日決めない。
次の通院までは決めない。
週末まで様子を見る。
少し眠れるようになってから、もう一度考える。
「永遠に考えない」ではありません。
今は決めない。
これだけです。
それなら、問題を放置している感じも少し減ります。
わたしの場合、将来について悪い方向に考えるのは、夜が多いです。
疲れている。
一日の嫌だったことも残っている。
そこに布団という、考えるには便利すぎる場所がある。
すると、
「そもそも、この働き方でいいのか」
みたいなところから始まり、
「自分はこの先どうしたいんだろう」
になり、
最終的には、
「人生とは」
みたいなところまで行く。
もう寝たほうがいい。
今のわたしなら、そう思います。
でも、そのときは真剣です。
なので最近は、夜に大きな答えが出そうになったら、
「これは明日のわたしにも聞いてみよう」
と思うようにしています。
翌朝になると、問題そのものは残っていても、
「まあ、今日仕事に行ってから考えるか」
くらいになることがあります。
昨夜のあの重大会議は何だったんだ、と思います。
ここは、自分でも少しややこしいところです。
うつ状態のときの判断は当てにならない。
だから全部無視する。
という話にはしたくありません。
体調が落ちているからこそ、
「この仕事量はきついな」
と気づくこともあります。
「この人との関わり、思った以上に負担だったんだな」
と分かることもある。
普段は勢いで我慢しているものが、体調が落ちたことで見える場合もあります。
だから、
「辞めたい」
と思ったら、その理由は残しておきます。
何が嫌だったのか。
何がつらかったのか。
何が変われば続けられそうなのか。
そこは考える。
ただ、
「だから辞める」
まで一気に行かない。
気づいたことは大事にするけれど、結論は体調が少し戻った自分にも参加してもらう。
今はそんな感じです。
わたしは以前、仕事を続けられなくなり、そこから長く働けない時期を経験しています。
だから、仕事がしんどくなると、
「またあのときみたいになるんじゃないか」
という怖さが、たぶん今も少しあります。
今日ちょっと疲れた、だけでは終わらない。
昔の経験までくっついてくる。
その怖さが、
「危なくなる前に辞めたほうがいいんじゃないか」
という考えにつながることもあります。
逆に、
「今度こそ絶対に辞めてはいけない」
という方向に行くこともある。
どちらも極端です。
過去の経験があるから、慎重になるのは仕方ないと思っています。
でも、今のわたしは、昔のわたしとまったく同じではありません。
体調について以前より分かることも増えました。
相談できる人もいる。
休み方も少し覚えました。
それを忘れて、「また全部同じになる」と決めないようにしています。
うつ状態のとき、わたしが一番気をつけたいのは、今日の問題を人生全体へ広げすぎないことです。
今日は仕事がきつかった。
だったら今日は、何がきつかったのかを見る。
朝起きるのがつらかった。
なら、今夜少し早く寝られるか考える。
仕事量が多すぎた。
なら、相談できるか考える。
いきなり、
「この仕事を一生続けられるのか」
まで行かなくていい。
そもそも、一生続けるかどうかなんて、元気なときでも分かりません。
わたしは、人生について考えること自体は嫌いではありません。
むしろ、よく考えるほうだと思います。
でも、考えるタイミングくらいは選んでもいい。
体調が悪くて、頭の中の世界が少し暗くなっているときに、人生の最終判定までしなくてもいい。
最近は、大きなことを決めたくなったとき、
「明日のわたしにも一票残しておこう」
くらいに考えています。
今日のわたしの意見は聞く。
「もう無理」という気持ちも無視しない。
でも、今日のわたし一人で可決しない。
明日のわたし。
少し休んだあとのわたし。
主治医と話したあとのわたし。
誰かに相談したあとのわたし。
そのあたりの意見も聞いてから決める。
それでも辞めたいなら、辞めることを考えればいい。
続けたいと思えたなら、どう続けるかを考える。
今すぐ決めなくても、人生は勝手に少しずつ進みます。
以前のわたしは、それが怖かったです。
決めないと、何も進まない気がしていました。
今は、決めない時間も必要なんだと思っています。
うつ状態のとき、
「もう無理だ」
と思ったら、
「そうか。今はそこまでしんどいんだな」
と、まずそこまで。
人生の話は、また今度。
少し元気になったわたしにも、ちゃんと参加してもらおうと思います。