ひきこもり・職場復帰のための就労支援&自立訓練|ミライワーク広島・川崎

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お知らせ

【体験記61】生きていることが迷惑と感じるとき|自分を責めすぎないための考え方

2026.7.14

「自分が生きていること自体が、誰かの迷惑なんじゃないか」

そんなふうに感じること、ありませんか。

わたしはありました。何度も。

仕事がうまくできない日、体調が落ちて動けない日、周りに気を遣わせてしまった日。

そういう出来事があると、頭の中で結論が一気に飛ぶんです。

「ほら、やっぱりわたしは迷惑だ」

「いないほうがいい」

「存在する価値がない」

この思考って、ものすごく苦しい。

しかも厄介なのは、苦しいのに「正しい」と感じてしまうところです。

今日はこの「生きていることが迷惑」と感じる心の動きについて、わたしの経験を土台にしながら、少し一般的な視点も混ぜて書いてみます。

1.「迷惑」という言葉が強すぎる

まず最初に、わたしが思うのはこれです。

「迷惑」という言葉は、あまりにも強い。

たとえば、電車で誰かの足を踏んだ。

遅刻して相手を待たせた。

仕事でミスして手戻りが発生した。

こういうのはたしかに迷惑です。

具体的な出来事として。

でも「生きていることが迷惑」は、スケールが違いすぎる。

一つの出来事の話じゃなくて、存在そのものの否定になります。

この飛躍が起きるとき、だいたい頭は冷静じゃありません。

心がしんどいとき、体力が落ちているとき、不安や恐怖が強いときに起きやすい。

わたしはそう感じています。

2.その感覚は「事実」より「前提」から生まれる

「迷惑だ」と感じるとき、わたしはよく出来事を理由にします。

休んでしまった。

頼ってしまった。

配慮してもらった。

仕事を減らしてもらった。

うまく笑えなかった。

雑談に入れなかった。

でも、あとで落ち着いて振り返ると分かるんです。

出来事そのものが問題というより、もっと奥に前提がある。

わたしの場合、その前提はこうでした。

・人に迷惑をかけてはいけない

・役に立たないと存在してはいけない

・できない自分は価値がない

・嫌われたら終わり

・見捨てられたら生きていけない

この前提があると、ちょっとしたズレや失敗が即「存在否定」に直結します。

迷惑=悪

悪=罰を受ける

罰=見捨てられる

見捨てられる=死ぬ

頭の中でこんな連鎖が起きる。

わたしはこれを「思考が0か100になる」と呼んでいます。

グラデーションが見えなくなる。

現実感が消える。

3.「迷惑をかけない人」なんて存在しない

ここで一度、現実の話をします。

人は生きているだけで、必ず誰かに迷惑をかけます。

子どものころからそうです。

産まれた瞬間から、誰かに世話されないと生きられない。

大人になっても、電気、水道、交通、食べ物、医療、仕事、全部、誰かの労力の上に乗っています。

つまり、「迷惑をゼロにする」という目標はそもそも無理です。

無理な目標を本気で追いかけると、必ずどこかで自分が壊れます。

わたしは昔、「迷惑をかけないために」200%で働こうとして倒れました。

迷惑をかけないために頑張ったのに、倒れたことで結局、もっと大きな迷惑と心配をかけてしまった。

これ、かなり皮肉なんですけど、現実はそうなりがちです。

だから今のわたしは、目標を変えました。

「迷惑をゼロにする」ではなく、「迷惑が起きる前提で、どう調整するか」です。

4.「迷惑」と「調整」は別物

生きていると、人と関わる以上、負担の偏りは起きます。

体調が悪い日もあるし、できないこともあるし、失敗もある。

大事なのは、そのときに「自分が迷惑」になることじゃなくて、その状況をどう調整するかだと思います。

たとえば、

・「今日は60%でやります」と決める

・早めに相談する

・仕事量を絞る

・できないことを伝える

・手順を変える

・休む

これは「迷惑をかける」ではなく、「破綻しないための調整」です。

調整をする人は、むしろ誠実です。

無理して黙って抱えて、あとで大爆発するほうが危険です。

ここ、わたしは何度も痛い目を見て学びました。

5.「生きているだけで迷惑」という声が出たときの扱い方

それでも、しんどいときはこの声が出ます。

「わたしは迷惑だ」

「いないほうがいい」

この声が出たときに、わたしが意識しているのは、反論で殴り返さないことです。

「そんなことない!」と勢いで言っても、心がついてこないと逆に苦しくなる。

だからわたしは、こう扱います。

1)これは“しんどさのサイン”だと認識する

正論じゃなくて、疲れや不安が出している警報だと見る。

2)評価を弱める

「迷惑だ」じゃなくて「今、弱ってる」くらいに言い換える。

3)やることの優先順位を変える

食べる、寝る、風呂に入る、深呼吸、短い散歩。

そんな感じの回復することの優先順位を上げる。

「生きていることが迷惑」と感じるとき、わたしはだいたい休みが足りていません。

体と心が限界に近い。

だから思考が極端になる。

だからこそ、その声を「正しい判断」じゃなく「休めの合図」として扱うようにしています。

6.おわりに

生きていることが迷惑だと感じるとき、わたしはこう思うようにしています。

迷惑がゼロの人間なんていない。

迷惑をかけないために無理をすると、結局もっと大きく崩れる。

だから必要なのは「存在を消すこと」じゃなくて「調整すること」。

そして、最後にこれだけは言い切りたいです。

「迷惑だ」と感じるほど頑張ってきた人は、だいたい真面目で、優しいです。

本当は、周りを大切にしたい人です。

だからこそ、自分も同じくらい大切にしてほしい。

生きていることを、迷惑として裁かない。

今日できる範囲で、少しずつ「調整」を選ぶ。

わたしは今、その練習を続けています。