ひきこもり・職場復帰のための就労支援&自立訓練|ミライワーク広島・川崎

tel
line
line

お知らせ

【体験記65】仕事との距離感を見直す|会社に期待しすぎず、自分らしく働くために

2026.8.11

1.仕事が重かったころ

ここ数年で、仕事に対する感覚がずいぶん変わりました。

以前のわたしにとって、仕事はもっと重たいものだったように思います。

もちろん、生活費を得るために働いているという感覚は、昔からありました。

けれど、それだけではありませんでした。

職場の人間関係、会社の方針、上司や同僚の振る舞い、仕事に対する責任感。

そして、「普通はこうするものではないか」という、自分の中の常識。

以前のわたしは、そうしたものに、今よりもずっと強く反応していました。

誰かの仕事の仕方に違和感を覚える。

 

会社の矛盾にうんざりする。

理不尽なことがあると、その気持ちを長く引きずる。

自分の価値観と合わない場面に出会うたびに、心のどこかが少しずつ削られていきました。

当時のわたしは、それを「仕事とはそういうものだ」と、頭では理解していたつもりでした。

でも、心や体のほうは納得していなかったのだと思います。

頭では割り切ろうとしている。

でも、心の奥では、まだ期待している。

会社は、もう少し筋が通っていてほしい。

同僚には、もう少し責任を持ってほしい。

上司には、もう少し納得できる判断をしてほしい。

仕事をする場なのだから、みんなが同じくらい真剣であってほしい。

そうした期待がありました。

その期待自体が悪いとは思いません。

むしろ、仕事をきちんとやりたいと思っていたからこそ、そう感じていたのだと思います。

けれど、会社は人の集まりです。

人の集まりである以上、理不尽なこともあります。

矛盾することもあります。

自分の価値観とは合わないこともあります。

責任感の強さも、仕事への向き合い方も、人によってまったく違います。

2.「期待しない」という誠実さ

1年ほど前から、わたしの中に「期待しない」という感覚が生まれました。

ただし、それは否定的な意味ではありません。

冷めたわけではない。

投げやりになったわけでもない。

人を見下すようになったわけでもありません。

むしろ、自分の価値観や常識を、会社や同僚に押しつけないという感覚に近いものです。

この人には、この人の事情がある。

会社には、会社の構造がある。

職場には、わたしの理想どおりにはならない現実がある。

その現実を、必要以上に恨まない。

必要以上に期待しない。

そのうえで、自分は自分の仕事をする。

この感覚を持つようになってから、今の職場で働くことが、かなり楽になりました。

不思議なことに、仕事が以前ほど嫌ではなくなりました。

この先、何十年も働くとしても、別に悪くないと思えるようになりました。

以前なら、「この先もずっとこんな感じなのか」と考えると、少しうんざりしていました。

でも今は、そこまで重く感じません。

仕事は仕事。

生活費を得るための手段。

社会の中で、自分が担う役割の一つ。

そのように捉えられるようになりました。

3.仕事を競技として見る

そして最近、もう一段階、仕事に対する感覚が変わりました。

仕事が、少し楽しくなったのです。

誤解のないように言うと、業務内容そのものが、急に楽しくなったわけではありません。

毎日わくわくしながら会社に向かっている、という話でもありません。

変わったのは、仕事の見方です。

わたしは最近、仕事をスポーツのように捉えるようになりました。

もう少し正確に言えば、競技のように捉えています。

仕事も、結局は体を使って行うものです。

パソコンに向かう仕事であっても、頭で考える仕事であっても、その頭も体の一部です。

集中力も、判断力も、姿勢も、疲労も、すべて体とつながっています。

その意味では、仕事はスポーツに近いのかもしれません。

職場や会社は、サッカーや野球のグラウンド、テニスやバスケットボールのコートのようなもの。

そのフィールドの中で、わたしは毎日、自分の競技をしています。

一日が一試合です。

9時に試合が始まり、17時30分にゲームセット。

基本的には、平日は毎日試合があります。

一年を通して見ると、長いリーグ戦のようでもあります。

ただし、その競技に敵はいません。

上司や同僚は、敵でも味方でもありません。

チームメイトという感覚とも、少し違います。

それぞれが、それぞれの目的を持って、同じフィールドにいます。

そして、それぞれが自分の競技をしています。

わたしはその人たちと、必要に応じて関係を築きながら、自分の試合を進めていきます。

 

4.一日一試合の中で

わたしの競技の目的は、依頼された仕事を、期限までに一定以上の品質で形にすることです。

依頼を受ける。

状況を確認する。

優先順位を決める。

必要な人に確認する。

手を動かす。

途中でズレに気づけば、修正する。

そして、期限までに形にする。

こうして書くと、特別なことではありません。

会社員としては、ごく普通の仕事です。

でも、それを競技として捉えると、見え方が変わります。

今日は、どこで判断を誤りやすいか。

どのタイミングで確認を入れるべきか。

この人には、どのように伝えると話が進みやすいか。

自分の集中力が落ちているなら、どこで立て直すか。

感情が乱れそうな場面で、どのように自分を整えるか。

そうした一つひとつが、試合運びになります。

うまくいった日には、ファインプレーがあります。

反対に、珍プレーのような日もあります。

判断が遅れたり、余計なことに気を取られたり、予想外の出来事に振り回されたりすることもあります。

けれど、それも試合の一部だと思うと、少し面白くなります。

もちろん、嫌なことがなくなるわけではありません。

苦しい状況もあります。

腹が立つこともあります。

面倒なこともあります。

ただ、それらを「自分の人生を削るもの」として受け取るのではなく、「今日の試合で起きた出来事」として見られるようになりました。

すると、失敗も学びになります。

嫌な出来事も、次の判断材料になります。

思いどおりにいかない場面も、自分の動き方を見直す機会になります。

5.人間関係は、後からついてくる

この感覚を持つようになってから、職場の人に対して、一人の人間としての深いつながりを強く求めることが少なくなりました。

どうでもよくなったわけではありません。

人間関係が必要ないと思っているわけでもありません。

ただ、人とのつながりは、狙って手に入れるものではなく、仕事を重ねる中で後からついてくるものだと思うようになりました。

職場は、あくまで仕事をする場所です。

そこで、わたしが第一に考えるのは、仕事上の目的を達成することです。

依頼された仕事を、期限までに一定以上の品質で返す。

その目的を達成するための最良の戦術を考えると、結局、自分の機嫌を自分で整えることに行き着きます。

不機嫌なまま仕事をすると、判断が鈍ります。

人に雑に接すると、必要な情報が入ってこなくなります。

相手への苛立ちに飲み込まれると、本来の目的からズレていきます。

だから、自分の機嫌を整える。

同僚や上司も一人の人間として尊重し、敬意を持って接する。

これは、いい人でいるためというより、よい試合運びをするための戦術です。

 

 

6.ものづくりの世界に根を張る

ただ、この変化が起きた背景には、仕事そのものよりも、もっと大きな理由があるように思います。

それは、わたしが本当に好きなこと、本当にやりたいことは、ものづくりなのだと知ったことです。

正確に言えば、思い出したのだと思います。

わたしには、ものづくりをする世界があります。

木を曲げ、形を考え、素材と向き合い、失敗しながら試し、少しずつ自分の納得する形に近づけていく世界です。

しかも、その世界は、自宅の中だけにあるのではありません。

田舎に住む友人の家には、工房として使わせてもらっている場所があります。

都会で仕事をしている場所から、物理的にも心理的にも離れた場所です。

そこへ行くと、空気が変わります。

時間の流れ方が変わります。

体の使い方が変わります。

考えることも、見ているものも、触れているものも変わります。

会社では、期限や依頼、人間関係の中で動いています。

工房では、素材と向き合い、自分の手を通して形を探しています。

その二つは、まったく異なる世界です。

この数年で、わたしの中には二つの世界ができたのだと思います。

一つは、生活費を得るために働く世界。

もう一つは、ものづくりを通して、わたしが一番わたしらしくいられる世界。

そして、その二つの違いを実感したことで、わたしは、自分がどちらに根を張りたいのかを知りました。

7.仕事は本拠地ではなく、フィールドになる

わたしが生きたい世界は、ものづくりをする世界です。

わたしが一番わたしらしく存在できるのは、ものを作っている時間です。

それが分かったことで、仕事に自分のすべてを求めなくなりました。

以前のわたしは、もしかすると、仕事にいろいろなものを背負わせすぎていたのかもしれません。

生活費。

社会との接点。

人間関係。

自分の価値の確認。

自分がきちんと生きているという証明。

それらを、無意識のうちに、仕事の中ですべて満たそうとしていたのかもしれません。

でも、ものづくりの世界に根を張るようになってから、仕事は少し軽くなりました。

仕事は、わたしの本拠地ではありません。

けれど、毎日出場するフィールドではあります。

そう考えると、仕事を雑に扱う必要はありません。

むしろ、一つの競技として、誠実に向き合えばいい。

根を張る場所が別にあるから、仕事に飲み込まれずに済みます。

でも、仕事から逃げる必要もありません。

この距離感が、今のわたしには、とてもしっくりきています。

仕事に期待しすぎない。

でも、仕事を投げ出さない。

人に求めすぎない。

でも、人を軽んじない。

会社を人生の中心に置かない。

でも、その場所で自分の役割は果たす。

そうした働き方が、少しずつ自分の中にできてきました。

8.二つの世界を行き来しながら

この変化を、成長と呼んでよいのかは分かりません。

ただ、少なくとも、以前よりは楽に生きられるようになりました。

仕事の中で起きる出来事を、自分の存在価値と直結させなくなりました。

他人の言動を、自分の人生の問題にしすぎなくなりました。

会社の矛盾を、自分の心の中心に置かなくなりました。

その代わりに、自分が本当に根を張りたい世界を、少しずつ大切にするようになりました。

仕事をして、生活を支える。

その中で、自分の機嫌を整え、よい動きを選び、その日の試合を終える。

そして、ものづくりの世界へ戻る。

この往復が、今のわたしの生活を支えています。

仕事は、わたしのすべてではありません。

でも、どうでもよいものでもありません。

ものづくりは、ただの趣味ではありません。

わたしが自分に戻るための場所であり、これから根を張っていきたい世界です。

そう考えると、今のわたしの仕事に対する感覚は、とても単純なところに落ち着きます。

仕事は、毎日参加する競技。

ものづくりは、わたしが根を張る世界。

この二つを分けて持てるようになったことで、わたしは仕事の中でも、以前よりずっと自由に動けるようになったのだと思います。