発達障害の1つである「自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム」(以下 ASD)は先天的な脳の機能障害です。これまで「自閉症」や「アスペルガー症候群」「広汎性発達障害」などと呼ばれていた疾患を含む疾患概念です。
障害をマイナスととらえず長所として活かしていくのがポイントになりますが、周りとのコミュニケーションが上手くいかないまま人間関係が悪化すると、二次障害である精神疾患を発症することもあります。
ここでは大人のASDの特徴や診断基準、得意な仕事や仕事で困ること、その対処法について解説していきます。
[目次]
■自閉スペクトラム症(ASD)とは?特徴や診断方法は?
■自閉スペクトラム症(ASD)の方にあった働き方、向いている仕事は?
■自閉スペクトラム症(ASD)による働きづらさを克服する5つのコツ
■自閉スペクトラム症(ASD)とは?特徴や診断基準
①ASDは「発達障害」の一種です
近年、大人の発達障害という言葉が知られるようになりました。
発達障害とは、幼少期から発達がアンバランスで、脳内の情報処理に偏りが生じている状態のことです。ある特定のことには非常に優れた能力を発揮する一方、ある分野は苦手といった特徴がみられます。
「障害」という名称がつくために病気だと捉えられがちですが、生まれ持った「脳の個性」であるという表現もできます。誰にでも、得意なこと・不得意なことの差はあるものです。ただ、発達障害がある人はその差が非常に大きいため、生活や仕事に支障が出やすいのです。
発達障害は行動や認知の特徴によって、主に次の3つに分類されます。
1.自閉スペクトラム症(ASD) 2.注意欠陥・多動症(ADHD) 3.学習障害(LD)
今回取り上げる自閉スペクトラム症(ASD)も発達障害の一種です。
②認知度の高い「アスペルガー症候群」もASDの一部です
かつては知的障害や学習の遅れの有無などで、アスペルガー症候群や自閉症などと分類されてきました。しかし、これらの障害に共通する特性は人によって様々で、明確に分けられるものではありません。また同じ人でも年齢や状況によって虹色の様に変化します。
そのため明確な分類ではなく「自閉スペクトラム症」という境界線のないひとつの障害だと考えられるようになってきたのです。
③ASDの特性
対人関係およびコミュニケーションの障害…相手の気持ちを理解するのが不得意。冗談や比喩が理解できず真に受けてしまう。自分の興味があることを一方的に話し続けてしまう。表情・目配せなどの非言語コミュニケーションをとるのが困難、 など
こだわり、興味のかたより…日課・習慣の変化を嫌う。突然の予定変更にパニックになりやすい。興味や関心が狭い範囲に限られやすい、など
感覚過敏や感覚鈍麻…特定の色、照明、大きな音などに敏感に反応しパニックになることもある。痛みや熱さ・冷たさに対して無関心すぎることも。
④ASDになる原因は?
現在、ASDの原因はまだ特定されていません。多くの遺伝的な要因が複雑に関与して起こる、生まれつきの脳の機能障害が原因と考えられています。「生まれ育った環境がまずかったのか」と思い悩む方がいるようですが、実際は親の育て方が原因ではないと考えられています。
ASDの人は約100人に1人いると報告され、性別では男性に多く、女性の約4倍の発生頻度と言われています。
⑤受診は精神科や心療内科へ
18歳以上の人がASDの診断や治療を受ける場合は、精神科や心療内科を受診します。しかし、全ての病院で発達障害の診断ができるわけではありません。発達障害を扱う医療機関は限られており、さらに大人の発達障害が診断できる医療機関は少ないのが現状です。
発達障害に詳しい病院を見つけるのが難しいときは、まず各都道府県に設置されている「発達障害者支援センター」や「精神保健福祉センター」などに相談すると良いでしょう。
ASDは以下の心理検査や問診により、医師が診断します。
・現在の困りごとや症状の聞き取り
・子どもの頃の症状や傾向の聞き取り
・認知特性や知的発達の偏りを調べる心理検査
・脳波やCTなどの生理学的な検査 等
これらの結果により国際的な診断基準などを満たした場合にASDの診断がなされます。
しかし、今のところASDを根本的に「治す」ことはできません。ASDの人が生まれ持っている「ものの感じ方・考え方・行動のしかた」と深く結びついていて、それを根本的に変えることはできないのです。脳機能のアンバランスな発達をソーシャルトレーニングなどで補いながら、障害と上手に付き合い自立した社会生活を送る方法を見つけることが治療の主な目的となります。
■自閉スペクトラム症(ASD)の方にあった働き方、向いている仕事は?
ASDがあると仕事で不都合なことも起きやすいですが、その特徴が業務の上で長所として発揮できることも少なくありません。
例えばASDの人の傾向である「社会性の弱さ」は弱点にもなりますが、空気を読みすぎることなく自分の仕事に打ち込めるという気質は「強み」だとも言えます。そのほか、ASDの人は多くの人が見過ごす細かい部分に気づけたり、ほかの人が面倒だと感じる仕事にも几帳面に取り組むことが多く、正確さを求められる環境では重宝されるでしょう。
①ASDの人が向いている仕事の例
・マニュアルがしっかりしている仕事…経理、財務、人事、法務、事務、コールセンターなど
・専門分野の知識(こだわり)を活かせる…プログラマーなどのエンジニア、設計士、研究職、電化製品等販売員など
・視覚情報の強さが活かせる…webデザイナー、CADオペレーターなど
相手の状況を察することが苦手で、チームプレーが苦手なASDの人は自分のペースで進める仕事が向いています。パソコンに向かって淡々と何かをやり続ける仕事、膨大なデータを扱う仕事も集中力を切らすことなく行うことができるでしょう。
②ASDの人が仕事で困ること
「いい感じにやっておいて」「多めに発注しておいて」などの抽象的な指示を受けた場合、ASD の方は困ることがあります。また、暗黙の了解を察して行動する、いわゆる「空気を読む」ことが苦手なので、指示はわかりやすくストレートに伝えてもらえるように上司にあらかじめ伝えておく必要があります。
③苦手なことに対処できず、二次障害になる人も
二次障害とは、ASDに伴って発生する精神障害などの二次的な問題のことです。
例えば、「ASDの特性により人間関係で失敗を繰り返し、職場でいじめにあったり、過剰に叱責されたりすることでうつ病を発症した」という場合、うつ病が二次障害にあたります。
ASDの方は、自分でも気づかないうちに他の精神障害を患っている場合があります。重苦しい気持ちが続いたり、息苦しさや胃腸の機能低下があるなど、わずかでも兆候を感じるようなら一度病院にかかってみてください。
休職などが必要だと医師が判断した場合はその指示に従い、回復期に入ってから復職準備を進めます。職場に戻ることに不安を感じる場合、リワークプログラムを活用するとよいでしょう。施設によって費用は変わりますが、自立支援制度の対象のため自己負担は軽減されます。
個別にプログラムが用意され、休職になった時の働き方や考え方を振り返ることで休職に至った要因を確認でき、復職した時に同じ状況を防ぐことができます。
■自閉スペクトラム症(ASD)による働きづらさを克服する3つのコツ
脳の機能のアンバランスという特質を克服するにはどうしたらよいでしょう。ここでは働きやすくするために、自分自身で工夫できる例をご紹介します。
ケース1.あいまいな指示で困る・耳からの指示が聞き取りにくい
ASDの方は耳からの情報処理が苦手なことがあり、指示が聞き取りにくかったり、そもそも「ちょっと少なめに」「なるべく早く仕上げて」などあいまいな指示が理解できなかったりすることがあります。対処法は以下のようなものが挙げられます。
・できるだけ口頭ではなく、メモやメールなど文書で伝えてもらうようにする。
・「〇日までに」「〇〇個発注」など、具体的に指示してもらう
・図やフローチャートなどを使ったマニュアルを自作するか、作ってもらう
ケース2.職場での人間関係に苦労している
ASD の人は人間関係を築くことが苦手な方が多く、働く上でストレスを抱えやすいようです。そのような場合、まずは仕事でしっかり成果を出すことに注力しましょう。仕事ができれば人間関係は無視していいわけではありません。しかし、会社は様々な人の集まりです。人間関係の悩みは誰しも経験するものだとも言えるので、「自分はASDだから働くことが向いていないのかも…」などと深刻になりすぎる必要はありません。
そして、誰にとっても社会性・協調性を高めることは一朝一夕には難しいものです。ですからまずすべきなのは、仕事で周りから文句のない成果を上げることです。結果的に上司や同僚から信頼を得られ、普段の振る舞いが少々変わっていても好意的に見てくれるようになっていきます。
また、同時に沢山の人の気持ちを察してチームで行動する、ということに難しさを感じる方も多いです。そういった場合、リーダーや先輩から聞いた指示を確実に実行するというスタンスでいましょう。自分からリーダーや先輩にアドバイスをもらいに行き、行動を変えることも挑戦してみてくださいね。
ケース3.ほうれんそう(報告・連絡・相談)が苦手
ASDの人によくある悩みとして、仕事で適切な報告や相談をすることができないということがあります。工夫のポイントとしては、以下のようなものが挙げられます。
①報告・連絡・相談のタイミングが分からない
・メモを相手の机に置いておく
・今よろしいでしょうか、と尋ねる
・上司と相談し、定期的に報告するタイミングを決めておく
・上司と相談し、業務のどの時点で報告すればいいのかルールを決めておく
②「何を報告すべきか」が分からない
・報告する前に伝える内容を整理して紙に書いて報告
③誰に相談するのか分からない
・業務ごとに相談する相手を決めておく(総務には、同僚には、先輩には、直属の上司にはこれ、など)
このように工夫をして働きやすい環境を作り、自分の特性を仕事で活かしていくことができます。
しかし、既に自分でどうにかできる状態ではない、相談できる人がいないと苦しんでいるのなら、発達障害者支援センターや精神保健福祉センターなど公的な相談機関などの窓口に相談してみてください。
あなたが使える制度や福祉サポートを紹介してくれます。自分の現在地を客観的に把握することで対処法が明確になれば、あなたらしく働くための近道になるでしょう。
■まとめ
自閉スペクトラム症(ASD)は幼少期からの発達がアンバランスで、ある特定のことには非常に優れた能力を発揮する一方、ある分野は苦手といった特徴がみられます。マイナスに捉え困りごとだと思っていた障害の特徴は、仕事に生かせる素晴らしい特質になるかもしれません。
しかし、障害による行動が周りから理解されないことも多く、社会性がないなど誤解をされやすい疾患だと言えます。「仕事が長く続かない…」「自分に向いている仕事が分からない…」などと、長期的な就業に難しさを感じている時は、公的な相談機関や自立支援機関などを利用してみてください。
自分の現在地を把握し、具体的な対処法が分かれば働きやすくなりますし、うつ病などの二次障害を防ぐことにもなります。あなたがイキイキと働くためのきっかけにしてみてくださいね。