メンタルヘルスとは「心の健康状態」を表す言葉です。職場におけるメンタルヘルス不調とは、うつ病や統合失調症などの精神障害に加え、ストレス・強い悩み・不安など、労働者の心身の健康に影響を与えるものを言います。
かつて日本の職場では、労働者の心の不調やストレス対策の問題を考える際、個々の“気の持ち方”・“性格的な問題”という側面ばかりが強調され、職場全体としてのストレス対策が後回しになる傾向にありました。しかし、メンタルヘルス不調の増加が問題となっている今、-人ひとりがストレス状態に気づき対処できる正しい知識を持つと同時に、管理者が中心となって労働環境の適正化や過重労働の予防、人間関係の調整など、職場のストレス要因の軽減に努める必要があります。
ここでは、職場でのメンタルヘルス不調を予防する3つのポイントと4つのケアについて解説していきます。
[目次]
■メンタルヘルス不調が職場に与える影響
■メンタルヘルス不調を予防する3つの段階
■ メンタルヘルス不調の4つのケア
■メンタルヘルス不調が職場に与える影響
厚生労働省によるメンタルヘルス不調の定義は以下のようになっています。
“精神および行動の障害に分類される精神障害や自殺のみならず、
ストレスや強い悩み、不安など、労働者の心身の健康、社会生活および生活の質に
影響を与える可能性のある精神的および行動上の問題を幅広く含むものをいう。”
引用:労働者の心の健康の保持増進のための指針|厚生労働省
メンタルヘルス不調とは精神障害(うつ病や統合失調症など)のみを指すのではなく、病名のない「ストレス」「強い悩み」「不安」を抱えている状態も含みます。
メンタルヘルス不調におちいると、仕事に対する意欲が減退します。したがって、職場にメンタルヘルス不調者が増えると組織全体の活力が失われ、次第に休職・離職が目立つようになります。追加で人材を雇用すると追加のコスト(人件費)が必要となります。また、集中力や判断力が低下し仕事の効率が下がるので、職場の生産性は下がり、労災のリスクも高まります。
社員のメンタルヘルス不調は、組織全体の活力や生産性に大きな影響を与え、企業に損失をもたらします。働き盛りの社員がメンタル不調になると企業に与える影響は特に大きく、休職者1名当たりの年間追加コストは422万円(30代後半、年収約600万円の男性が6ヶ月間休職する場合・内閣府データより)と言われています。
企業にとってメンタルヘルス対策は、経営課題と言っても差し支えない問題となっていることが分かります。
・職場でメンタルヘルス不調になる原因は?
では、職場でメンタルヘルス不調になる原因は何でしょう?
厚生労働省による、強い職場のストレス比率をみると「仕事の質・量」が 62.6%と最多で、次いで「仕事の失敗、責任の発生等」が 34.8%、「対人関係(セクハラ・パワハラを含む)」が 30.6%となっています。
年代別のストレス要因を見ると、「仕事の質・量」に関するストレスを最も感じているのは20代の若手です。同じく20代では「仕事の失敗、責任の発生等」が43.5%と、他年代と比較して一番高く、仕事面で強いストレスを感じていることが見て取れます。一方、30代・40代になると、中堅社員ゆえの「対人関係(セクハラ・パワハラを含む)」「役割・地位の変化等(昇進、昇格、配置転換等)」に対してストレスを感じると答える人が上昇しています。
この様に、労働者のメンタルヘルス不調は決して「気持ちの持ちよう」や「性格の問題」から起きているわけではないことがわかります。メンタルヘルス不調の増加が問題となっている今、-人ひとりがストレス状態に気づき対処できる正しい知識を持つと同時に、管理者が中心となって労働環境の適正化など職場のストレス要因の軽減に努める必要があります。
■メンタルヘルス不調を予防する3つの段階
職場のメンタルヘルス対策には「3つの段階」があり「4つのケア」が効果的だと考えられています。これらは企業内でメンタルヘルス対策を推進する上での基礎知識となります。ここでは「予防の3つの段階」をご紹介していきます。
「3つの段階」とは、ストレスに対してどの段階で予防・対処するのかという考えに基づいた枠組みで、1次予防・2次予防・3次予防に分かれています。
① 1次予防<未然防止および健康増進>
一次予防とは、ストレスを発生させない職場を作る取り組みのことです。ストレス要因となる職場環境の問題点を把握し、できるものから改善していきます。具体的な改善点は以下のようなものが挙げられます。
・仕事量(仕事量、仕事の意義、情緒的負担)
・組織形態(命令系統、人材配置、上司の公平な態度)
・仕事環境(温度・湿度、照明、騒音、休憩室設置)
・安心できる職場づくり(メンタルヘルス教育、相談窓口の設置、キャリア形成、ハラスメント対応、公正な人事評価)
“2次予防・3次予防はあくまで対処療法”と考え、1次予防でストレス要因を根本改善することが長期的なメンタル不調の予防において重要と言われています。
ストレスの少ない職場作りのためには社員へのメンタルヘルス教育が有効です。特に、管理監督者は主となって働きかけていく必要があるため、メンタルヘルス不調が職場にもたらす影響を理解してもらい、社員の異変に気づけるよう基礎知識を学びます。また、社員が自身のストレス管理方法(セルフケア)を学ぶことはメンタル不調の予防に繋がります。
② 2次予防<早期発見と対処>
2次予防は、重度な精神疾患にならないよう、メンタルヘルスに不調があらわれた労働者を早めに発見して適切な措置を行う段階です。具体的には、メンタル不調のある社員・上司・同僚へ発見の支援や、ストレスチェック、産業医との面談する機会、相談窓口を設けるなどの体制整備を行います。
通常、社員の行動の異変に真っ先に気がつくのは、職場の上司や同僚です。また、部長・課長など管理監督者には社員の心身の健康を守る義務があり、異変を感じる社員に検診を促す必要があります。このような知識が経験上身に付いている管理監督者もいますが、若手の監督者や多忙なプレイングマネージャーが多い現場なら、人事からのサポートが鍵になります。人事が社員全体の勤怠データを確認できれば、遅刻・欠勤・早退の異変に気づけ、監督者に注意喚起ができます。
人事や管理監督者が注意しなくてはいけないのは“病気”・“休職”の判断です。必ず医師の判断を仰ぎ、素人判断はやめましょう。メンタルヘルス専門の外部サービスとの連携も効果的です。対処に迷う場合の相談窓口としても、常日頃から社内外の福祉サービス・保健スタッフ・専門医と連携できる体制構築を進めることをおすすめします。
③ 3次予防<治療と職場復帰・再発予防>
3次予防とは、メンタルヘルス不調を抱える社員の治療と、休職後の職場復帰・再発予防段階での取り組みです。具体的には、治療で休職中の社員への精神面でのフォローや、復帰する際のリハビリ出勤の支援、復帰後に無理をさせないような仕事面のケアを行ないます。3次予防をおろそかにすると再発や離職につながるため、慎重なフォローが必要となります。
休職した社員は、症状の回復への不安と共に、回復後に社会復帰できるかという不安を抱えています。「会社に迷惑をかけてしまった」「将来の出世に悪影響があるのでは」と焦って復職しても、3ヶ月から半年の期間で再度不調に陥ることがあります。休職中に定期面談をして、慌てず療養するよう伝えるようにしてください。復帰のタイミングに関しては、休職の判断と同じく担当医の診断結果や見解をしっかりと聞き、本人・人事や上司・専門医で話し合い、決めましょう。
社員が復帰する際は、受け入れ体勢を整えておくことも重要です。無理をして、不調を再発してしまい離職するケースは少なくないので、短時間勤務などの慣らし出勤でもできる仕事から始めることがおすすめです。復職後しばらくは、強いプレッシャーのかかる復帰前と同様の仕事を任せることは避けましょう。
■ メンタルヘルス不調の4つのケア
厚生労働省が2015年に公表した「労働者の心の健康の保持推進のための指針」では、下記の4つのケアがポイントとなっています。
メンタルヘルス不調予防の「3つの段階」で労働環境の改善、早期発見と対処、復職者の支援などに取り組みながら、「4つのケア」を継続的かつ計画的に行うことが重要です。
- セルフケア<個人>
セルフケアとは、社員が“自分の健康は自分で守る”という考え方を理解し、必要な知識を得て、日常的に自身のストレスに対処することです。ただ、正しい知識がないと不調のサインに気づかず、また気づいてもどうしていいか分かりません。ですから、事業者は社員へメンタルヘルス教育を通じてサポートする必要があります。また、ストレスチェックを参考に自身の健康状態を把握することも効果的です。
①ラインケア<管理監督者>
ラインケアは、管理監督者が職場のストレス要因を把握して改善することです。管理監督者は部下である社員の相談に乗り、必要に応じて労働環境等の改善を行うなどの対応をします。事業者は管理監督者がラインケアを日常的に実施できるよう、研修や環境整備を行う必要があります。
面談時に大切なのは「話を聴く」ことです。責任感の強い人ほど、助言や励ましをしたくなるものです。ですがメンタルヘルスの不調を抱える人からすると「気持ちを理解してもらえなかった」「今の頑張りを否定された」と気持ちの落ち込みにつながることがあるので注意してください。
②社内の専門スタッフケア<社内の産業医等による専門的ケア>
事業場内の産業保健スタッフ等によるケアは、産業医や衛生管理者などの産業保健スタッフ等によるサポートです。産業医・衛生管理者などの社内の専門スタッフは、セルフケア及びラインケアが効果的に実施されるように、全体的な支援をします。具体的にはカウンセリングや定期健診、健康管理に関する情報提供、外部機関の紹介などを専門的な立場から行います。
③外部資源を活用したケア<外部の機関やサービス>
外部資源を活用したケアとは、外部EAP(Employee Assistance Program)をはじめとする事業場外の様々な機関や専門家が行なうメンタルヘルス対策のサポートです。社内の相談窓口を好まない労働者がいる場合や、外部の専門家の意見を聞きたい場合に効果的です。日ごろから速やかな連携が得られる外部組織とのネットワークを構築しておくことが重要になります。
外部機関や福祉サービスの例
・地域産業保健センター
・都道府県産業保健推進センター(メンタルヘルス対策支援センター)
・産業カウンセラー、臨床心理士、精神保健福祉士
・地域の福祉サービス
■まとめ
社員のメンタルヘルスにかかわる問題は、コスト(人件費)・生産性・労災リスクに直結します。ですからメンタルヘルス対策に取り組むことは、企業の経営リスクそのものに取り組むということと同義と言っても過言ではありません。
予防には3つの段階(1次予防・2次予防・3次予防)と、4つのケア(個人・管理監督者・内部専門スタッフ・外部機関)があります。
一朝一夕に結果が出るものではありませんが、ぜひ参考にして、長期的に続けていってください。