精神障害にどんなイメージがありますか?
現在、精神障害がある方は419万人(日本における 在宅・施設入所合わせた精神疾患人口)で、30人に1人には精神障害がある計算になります。日本の精神障害のある方の人数は増加傾向にあり、長引く不況などによる労働環境の悪化や、生活不安などのストレスの増加が原因と考えられます。
ここでは精神障害とはどのような病気か、職場で困ること、精神障害のある労働者が長く働くために出来ることを解説していきます。
[目次]
■精神障害とは?
■精神障害があっても働ける?企業の障害者雇用は増加しているが…
■精神障害のある人が安定して働くために 企業と、本人にできること
■精神障害とは?
精神障害とは、脳の機能低下や神経の情報伝達が上手くいかないことが原因で精神活動が異常になり、日常生活や社会活動が困難になる状態のことをいいます。症状が深刻になると、判断能力や行動のコントロールが著しく低下してしまいますが、周囲に正しい知識がないと「精神障害がある」というだけで誤解や偏見が生まれやすく社会参加が妨げられがちです。
ちなみに、一般的に障害の害の字については、「害」「がい」「碍」という使い方がされていますが、本コラムにおいては、「障害は、本人ではなく社会側にあり、取り除きたいもの」という考え方から、「障害」という字を用いています。
さて、代表的な精神障害には「うつ病」「統合失調症」などの疾患があります。また近年広く知られるようになった「発達障害」や、外傷や脳血管疾患によって起こる「高次脳機能障害」も大枠としては精神障害に含まれています。
・精神疾患になる原因は3種類
精神疾患になる原因は様々ですが、その原因によって、外因性・心因性・内因性の3つに分類できます。
1.外因性精神疾患
事故による外傷や脳の疾患、薬物の影響などはっきりとした理由で脳神経の働きが阻害され、精神症状がみられているもの。アルコール依存症、薬物依存症、アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症などが挙げられます。
2.心因性精神疾患
心理的ストレスが原因で発症したもの。心的外傷後ストレス障害(PTSD)、適応障害、パニック障害、強迫症、社交不安障害、全般性不安障害、身体表現性障害(心気症)、解離性障害などが含まれてきます
3.内因性精神疾患
精神症状が見られるが、はっきりとした原因が分かっていないものです。うつ病や双極性障害などの気分障害、統合失調症に大きく分けられ、この内因性精神疾患だけを指して精神疾患(または精神障害)と定義することもあります。
・代表的な精神疾患
以下は代表的な精神疾患の例です。一つの疾患だけを持つ方もいれば、複数の疾患を同時に持っている方もいます。
気分障害(躁うつ病、うつ病、躁病)
うつ状態では、重苦しく憂うつな気分・意欲の減退・自責的な考えが現れ、不眠や食欲減退などの身体症状もあらわれます。一方、躁状態では誇大的な考え、浪費や性的逸脱などのトラブルの発生が見られます。
躁状態とうつ状態を繰り返すのが双極性障害です。躁状態からうつ状態に移行する際、「躁」の時の自分の行動を思い返し、激しく自分を責め自己破壊的な行動に走ってしまいがちです。
過去記事リンク→【うつ病 休職から職場復帰まで】 復職の不安を解消し再発リスクを管理する方法
過去記事リンク→「なかなか仕事が続かない…」と悩む、双極性障害の方に
統合失調症
思考や行動、感情などをまとめる能力、つまり「統合」する脳の力が落ちたために、「盗聴器が仕掛けられている」「皆が自分の悪口を言っている」などの妄想や、幻覚が表れる疾患です。10代~30代までの思春期・青年期に発症することが多く、治療も長期に渡ります。
過去記事リンク→統合失調症だけど自立して仕事をしたい。症状と上手に付き合いながら会社で働くポイントを解説
神経症・ストレス関連障害
・不安障害、パニック障害
不安障害は、大勢の前での発表や電話対応などの主に対人場面などへの恐怖感が強く、日常生活に支障がでます。パニック障害においては、強い不安と動悸や呼吸困難などの辛い発作を繰り返す。
過去記事リンク→パニック障害とは?起こる症状と安心して会社で働くためのポイント
過去記事リンク→不安障害で仕事に行くのが怖い… 不安障害と付き合いながら長く働くためのポイント
・適応障害
日常生活のある特定の状況や環境が自分にとって耐えがたく感じ、うつ病と同じような憂うつな気分・意欲の減退が現れる。うつ病は原因がはっきりしないのに比べ、適応障害は明確な原因が分かっています。そのためその原因から離れて休養することで回復していきます。
過去記事リンク→適応障害と診断されたら休職すべき?転職するべき?適応障害の症状と自分らしく働くためのポイントを解説
発達障害
先天的に脳内の情報処理に偏りが生じている状態。ある特定のことには非常に優れた能力を発揮する一方、ある分野は苦手といった特徴がみられます。「自閉スペクトラム症」「ADHD(注意欠陥・多動症)」「学習障害」の3つに分類される。一見して障害と分かりにくいため「社会性がない」「仕事の能力が低い」などと誤解されやすい。
過去記事リンク→【ASD】自閉スペクトラム症(アスペルガー症候群・広汎性発達障害 等)のあなたが自分らしく仕事をするために
過去記事リンク→仕事のミスが多いのはADHD?大人の発達障害・注意欠陥障害について解説
過去記事リンク→その働きにくさは学習障害が原因かも?自分に向いている仕事を見つけたいと悩んでいるあなたへ
・心的外傷ストレス障害(PTSD)
命の危機に関わるような出来事(トラウマ)の後、日常生活に支障がでる不安で不快な症状。
・アルコールや薬物依存症
アルコールや覚せい剤などを乱用して社会生活が送れなくなる。
■精神障害があっても働ける?企業の障害者雇用は増加しているが…
・「知らないから怖い…」
精神障害に対する偏見は現代日本に残っている社会的差別の中でも強く、根深いものがあります。「差別のない誰もが暮らしやすい社会を」という啓蒙はなされていても、精神障害に対する国民の平均的な意識とはかけ離れた状況にあるのが現状です。
特に精神障害については、「事件を起こした人が精神障害者であった」という報道がなされることによるマイナスのイメージや、教育現場で精神障害について触れたり、学んだりする機会が少ないことが一因でもあると言われています。
精神障害は特別な病気というイメージを持たれがちですが、実際は高血圧などの生活習慣病などと同じくらい身近な病気です。専門機関の試算で生涯5人に1人が何らかの精神疾患にかかることが分かっています。「働き盛りの同僚がうつで休職している」「家族が精神疾患で通院していた」「障害者手帳を持っている」という方は案外身近にいるのです。
精神障害は心が弱い人がなる恥ずかしい病気ではなく、脳という臓器の不調です。他の臓器の病気と同じようにケアされるべきですし、病気があることで差別されることがあってはなりません。人生の中でストレスやプレッシャーに押しつぶされそうな時期は誰にでもあります。精神障害は誰でもかかる可能性がある病気だと寛容にとらえることができれば、専門医を受診するハードルが下がり早期治療が始められますし、誰にとっても優しい社会につながるのではないでしょうか。
・企業の障害者雇用は増加しているが…
日本には企業に対して障害者の雇用を義務化する法律(障害者雇用促進法)があります。これは障害者でも働ける社会の実現のために定められました。障害者雇用率とは、企業の全従業員のうち障害のある人の割合のことです。2021年現在、企業に定められた「法定雇用率」は2.3%です。従業員を43.5人以上抱える事業主は障害のある人を雇用する義務があり、例えば従業員1000人の企業なら障害のある方を23人以上雇用する義務があるというわけです。そのため障害のある方を積極的に採用する方針の企業が増えています。しかしながら、障害種別によってばらつきが生じています。身体障害や知的障害に比べると精神障害は雇用がなかなか伸びていません。一方で、求職者数は精神障害が最も多く、企業は、障害者雇用を進めるために精神障害者雇用の取組みを始めています。
しかし、せっかく入社したのにも関わらず少なくない割合で離職しており、精神障害のある労働者が職場に定着しているとは言えません。精神障害のある人は「職場から障害を理解されていない」、一方で雇用主は「どんな配慮をしていいかわからない」と感じているという、精神障害労働者と雇用側の間で生まれるギャップが高い離職率の主な原因となっています。
これまで精神障害のある人と接する経験が少なかった人にとって、精神障害の病名を知っていたとしても相手が何に難しさを感じているのかが理解しづらいものです。また障害の症状には個人差があるので、本当に相手が働きやすい環境を作るためには時間をかけてコミュニケーションし、互いを理解することが必要不可欠です。しかし障害のためスムーズなコミュニケーションが難しく、誤解から人間関係の構築に失敗し、離職を選ぶ方も多くいます。
精神障害者が働く機会は増えていますが、安定して長く働く点においてはまだまだ課題があるのが現状です。
■精神障害のある人が安定して働くために企業と、本人にできること
①本人にできること
・相談できる人を作る
働きやすい環境を作るためには、「自分の疾患の特徴と、できること・難しいこと」を周囲に伝えておくことが大切です。しかし精神障害と診断されても職場で公にすることに抵抗があるケースもあるでしょう。また、転職したばかりで人間関係がないとコミュニケーション自体が難しかったり、職場の期待に応えなければと空回りする人も少なくはありません。
しかし、ストレスなどから、重症化・慢性化することにならないためにも、自分が働きやすい環境を作ることを意識していってください。まずは自分自身が「自分のできること・難しいこと」を受け入れ、人と比べず、自分の中でのベストを尽くすようにしていきましょう。そして直属の上司、同僚、信頼できる友人など、悩みを相談できる人を見つけておけば、客観的なアドバイスをもらいやすくなります。
・支援機関・福祉サポートを活用する
現在、民間・医療機関・公的機関では様々な障害者を支援する施策やサービスがあります。働く場所を探している時はハローワークの障害者専門支援窓口や、ソーシャルトレーニングから就職活動までを支援する就労移行支援事業所があります。
また精神障害で休職した方が、職場復帰に向けたリハビリ・訓練を受けられる「リワークプログラム」もあります。精神疾患を原因として休職している労働者が受けられるプログラムで、休職になった時の働き方や考え方を振り返り、自分の気質やコミュニケーションの傾向を認識しトレーニングで改善することができます。
・自分自身の障害や病気の特徴を把握して対策を立てておく
自分自身の障害や病気を受容して、特徴を把握することがとても大切です。△△の時に●●という症状が出るので、症状が出たときにはXXの対策を行う。ということをあらかじめ整理しておく方法が有効です。「自分の取扱説明書」あるいは「クライシスプラン」と呼びます。就職や復職の時には、支援機関のサポートを受けながら、作成しておくことをお勧めします。作成したら、就職や復職前に、支援機関での模擬就労トレーニングを受ける際に、実践しておくとさらに効果的です。人事の採用担当や上司など会社に説明できるようにしましょう。
②企業側ができること
精神障害のある人の採用判断、休職からの復職判断、休職中の社員とのコミュニケーションなど、多くの企業が精神障害のある労働者とのかかわり方に悩みを持っています。最も重要なのは、障害と特性を見極めることです。障害には配慮し、特性は指導や育成を行います。ただ、障害と特性を見極めることは決して簡単なことではありません。そんな時、ハローワークの専門職業相談窓口、障害者職業センター、就労移行支援事業所、自立訓練事業所などの社会資源を相談窓口に使うことができます。さらに最近では民間のコンサルティング会社もあります。
自社の社員の障害を見極めるためには、主治医やジョブコーチ、就労支援機関などのアドバイスをもらうことをお勧めします。社員が取り組む就労訓練を企業側も知ることができ、就労後も継続的支援も可能です。社員・会社の双方にとってメリットになるでしょう。
③一人一人にできること
精神障害についての生物学的な正しい知識が増えれば、それは心の弱さや努力不足などではなく、脳機能の障害なのだということが分かります。他の臓器の疾患と同様に治療すれば回復していきますし、薬で調整しながら自立して生活をしている方も沢山います。私たち一人ひとりが正しい知識を知り、互いの違いに寛容になれば誰もが生きやすい社会へとつながるのではないでしょうか。
■まとめ
精神障害は心の病ではなく、脳という臓器の働きの乱れから起きる病気です。他の病気と同じように治療される病気で、適切に治療することで自分らしく働いている方も沢山います。
日本の障害者雇用率は上昇し、積極的に採用する企業も増えましたが、雇用側と精神障害のある人との溝が埋まらず定着率が低いのが課題です。
精神障害があっても働きやすい環境を作るには、私たち一人ひとりが正しい知識を付けることが必要です。また主治医、行政機関、福祉機関などのサポートを受けることは雇用主・精神障害のある社員の双方にとってメリットになるでしょう。